6月18日 朴炳陽をしのぶ会のお知らせ 参加希望の方は9日までにアジア映画社まで連絡ください

【アジア映画社】 『朴炳陽を偲ぶ会』のご案内
【※拡散希望、BCCでお送り致します。】

関係各位の皆様

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『 朴炳陽を偲ぶ会 』のご案内

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拝啓 軽暑の候、皆様には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。すでに多くの皆様にお伝えしておりましたが、(有)アジア映画社代表の朴炳陽氏が2017年4月22日、登山中の事故により、急逝致しました。

訃報のご連絡も行き届かず、皆様には大変ご心配をお掛けいたしました。

葬儀は近親者にて相済ませましたが、生前ご親交のあった皆様に、想い出を語り合い、故人を偲んでいただきたく、この『偲ぶ会』を催す事と致しました。

ご多用中誠に恐縮ではございますが、ご臨席を賜りたくご案内申し上げます。

敬 具

◆呼びかけ人(順不同)

韓昌祐(社団法人 世界韓人商工人総連合会 会長)

宋栄奉(在日世界韓人商工人連合会 会長)
姜昌萬(株式会社 統一日報社 代表取締役)
高敬弼(学校法人 白頭学院 理事長)
姜栄文(白頭学院 建国校友会 会長)李相埰(在日本大韓民国民団兵庫県本部 常任顧問)
金淵采(在日本大韓民国民団兵庫県阪神支部 支団長)
金 勇(在日本大韓民国民団静岡県本部 議長)
石高健次(ジャーナリスト)
山田文明(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 代表)
安井喜雄(神戸映画資料館 館長)
矢羽田敏行(株式会社スターボード 代表取締役)
西田宣善(有限会社オムロ 取締役社長)
中條寛道(合同会社 文輝堂 代表)

◆日 時 2017年 6月18日(日)14時 00分 より

※平服にてお越しください。

◆場 所 韓国レストラン 百済 (神戸市役所 24階)

〒650―8570 神戸市中央区加納町6―5―1  24階
電話 078―392―5458

◆会 費 1万円 ※会費制とさせて頂きます。 (中略)

◆弔電について

弊社所在地、または偲ぶ会会場宛にお送り下さい。
㈲アジア映画社   〒663-8135 兵庫県西宮市上田西町2-5-2F
韓国レストラン百済 〒650-8570 神戸市中央区加納町6―5―1  24階

◆ご参加について

誠に恐縮ではございますが、ご参加の可否についてご一報を賜りたく存じます。
このe-mailに「ご芳名」「お電話番号」「ご住所」をご記載の上、そのままご返信頂くか、または添付ファイルに御座います「参加票」にご記入の上、FAXにてご返信下さいますようお願い申し上げます。
誠に恐れ入りますが、会場手配の関係上2017年6月9日(金)までにご一報下さいますようお願い申し上げます。

以上、謹んで皆様へお伝え申し上げます。

【お問合せ先】

有限会社 アジア映画社
曺壽隆(チョウ・スユン)
〒663-8135 兵庫県西宮市上田西町2-5-2F
電話(FAX兼)0798-55-9333
メール: info@asianfilms.co.jp

以上、アジア映画社より届いたメールを紹介します。私はこの日先約があり、神戸までは動けないのですが、もしご参加の意思のある方は、上記アジア映画社まで、メールなどでとりあえず連絡ください。

朴炳陽さんの大きな功績は、「北朝鮮のパレード」の日本公開ですが、その際、日本では二人の在日コリアンの間で論争が起こりました。その経過をまとめたものが、「金日成のパレード」と「北朝鮮 素顔の人々」の同時上映時のパンフレットに収録されています。一つの記録としてここに残しておきます。

「パレード」初公開時の崔洋一・梁泰昊論争

「パレード」日本初公開時、情報誌「シテイロード」(現在廃刊)8月号にて、映画監督の崔洋一はこの映画および、その日本上映に対し激しい怒りをぶつけた。それに対し同誌9月号にライターの梁泰昊が反論を投稿、その後も数回にわたってのやり取りが続く。ここでは再上映を機会に「パレード」日本上映が巻き起こした典型的な論争の一つとして記録しておく。(編集部)

「あれを入れた連中を許さない」崔洋一

「全体主義を悲しみ、冷静にみつめなければならない」梁泰昊

「『金日成のパレード』っていうのは、そのうち書くつもりだけど、ぜったい許さないよ。とくにあれを入れた連中を許さないね。あそこから感じる意図っていうのは、明らかに白人種の、イエローのワンマン独裁国家に対する意図明白なシニカルというか、からかいだよな。それを分かってて入れてるなんてズルイよ。アンフェアな映画だよね。アンフェアの映画ってのは笑えるんだよ。絶対に。でも俺は許さない。」(「シテイロード」8月号における崔洋一発言要旨)

ここで崔洋一は「パレード」を日本で公開することの意義を全否定し、さらに、この映画が白人種が東洋の独裁国をからかう視点から撮影されていると指摘した。

これに対し、同誌9月号にて梁泰昊は「崔氏か <あんなのを今(日本に) 入れる意味は何だっていうのさ> と発言しているのには笑ってしまった。1989年9月に撮影され、90年春に活字(キネマ旬報)を通して日本に紹介された映画が、 しかるべき手続きを経て日本で上映されるということに何の不満かあるのか。」と、何故公開に問題があるのかと反論し、また白人種云々のくだりに対し「『白人種』対『イエロー』などという一面的な対比でごまかすのではなく、もう一度ポーランドで作られた記録映画だということを思い起こすべきだろう。自ら「ナチス」や「社会主義」という全体主義に苦しんだ経験があるからこそ、それがどこであれ全体主義を悲しみ、冷静にみつめなければならないということを。人類に共通する課題であり、今の、日本や、いわゆる先進諸国の一部にもないとはいえない現象ではないか。」と、全体主義の問題としてこの映画を受け止めるべきと述べた。

「パレード」は日本の差別感情を満足させる反共映画だ

これに対し再び崔洋一は「映画芸術 1991年 冬号(10月発売)」の連載記事「逆流ホルモン鍋 ①」『金日成のパレード』における、あるべき姿とは」 にて反論する。

「梁泰昊よ、言うまでもないことではあるが俺の『許さない』の当たり前は、『金日成のパレード』を入れた君および、君たちの意図に対する批判」だと崔は述べ、その構図を次のように説明する。ソ連が崩壊し、中国は変貌、同時に湾岸戦争でアメリカの一極支配が強まる中「社会主義国家を標榜し、まともに(?)残る国家は『朝鮮民主主義人民共和国』だけ」である。「こんなに気軽に叩けて遊べる対象は近ごろのこの国の民族的狭量の圧倒的な部分を、『世界の潮流』である『正義のような反共』として相対化させ満足させる」「したがって、おかど違いの客は来るのである」。こうして、崔洋一はこの映画は日本における「民族的狭量」(つまり朝鮮民族差別の感情)を満足させる、反北朝鮮、反共映画としての役割を果たしているという。

そして「過程なき結果に拠り所を求める君および、君たちの『金日成のパレード』はすでに出発から充分に政治的」であると強調し、梁泰昊の「自ら(ポーランド)〔ナチス〕や〔社会主義〕と言う全体主義に苦しんだ経験があるからこそ、それがどこであれ全体主義を悲しみ、冷静に見つめなければならないことを。人類に共通する課題であり、今の日本や、いわゆる先進諸国の一部にもないとはいえない現象ではないか」という言葉を「普通の日本語ではな、この手の言い回しと方法を「政治」って言うんだよ。」と罵倒した。

またこの映画の表現方法も「『神の為政者金日成』と愚鈍な『朝鮮民主主義人民共和国の民』が織りなすオカルティックな「国家」の創造とでも」云うべき悪しきイメージを押し付けるものであり「客に強要する「朝鮮民主主義人民共和国」に対するイメージの喚起は、その「モンタージュ」において一気に勘違いへと雪崩こむ。」「繰り返し編集されていく『客観』が、否定されるべき『真実』へと化けていく『金日成のパレード』の方法こそが本質的に否定されるべき「政治」そのものであるのだ、と断言しておく。」と、この映画こそ悪しきプロパガンダに根ざしているとみなした。

我々の同胞が背負う悲しみと痛みの映画

これに対し梁泰昊は同志次号「「華麗なる憂い」をしかと受け止めよ。「金日成のパレード」とは何であったか。」にて再反論。「崔洋一君は『金日成のパレード』を持ってきたことが『プロパガンダ』であるという。浅薄な『利敵論』というほかはない。かびの生えたような『利敵論』がどれだけ民主主義をゆがめ、言論を撲殺したかは、言わずもがなの歴史の教訓だ。」と、崔の情勢論や上映が差別主義や反共を利すると言った思考を批判した。

そして、梁泰昊自身がこの映画を見ての感想は「『悲しくなった』ということだ。われわれの同胞が何故、いつまでこんなことを続けなくてはならないのか。まるで他人事のように『あそこまで、よくやるよ』では決してすまされない。民族が背負っている悲しみだ」と述べ、次のシーンを最も印象的なものとして挙げた。

「多くの人の瞼に焼きついた一つの光景は、行進の途中、ほんの短い間、写し出された白い靴である。片方だけが脱げたまま放置されて、行進はとどまることがない。『私の靴』をとりに戻ることができないのだ。あるいは流れる汗を拭くこともできず、両手に掲げるたいまつの熱に耐えて、夜の闇の中に人文字を描きながら、行進し続ける姿は、見る者の胸を痛くする。同胞であると思えばそれはなおさらのことだ。」

そして、この映画を「あそこから感じる意図というのは、明らかに白人種のイエローのワンマン独裁国家に対する意図明白なシニカルというか、かいらいだ」と言う崔洋一の言葉に対し「よしんば君がそういう匂いを感じたとしても、その源は朝鮮民主主義人民共和国にあるのであって、あえてそれを引き受けることが、『あるべき姿』なのだ。感覚的な拒否におぼれず、身の内から生まれたものを胸に受け止めて歩むことこそが、自らを慈しむ方途であろう。」と諫めたのちに「ましてやポーランドがかかえもつ現実の中でよく言えたものである。少なくともポーランドには分割された戦前と、領土変更を余儀なくされた戦後があることを知っておれば、同じような歴史的な痛みを持つものとして親近感をもちこそすれ、人種的な対抗意識を燃やすなど信じられないことだ。この映画でポーランドが『朝鮮民主主義人民共和国』を笑ったと考えるのは余りに短絡に過ぎる。かれらは自分たちの体験し歩んだ『越し方』を笑ったに過ぎない。」と歴史に根ざして崔洋一の視点を批判した。

この論争から何を読むのか

この二人の論争は、今もなお「パレード」のみならず、北朝鮮をめぐる様々な言説、特に在日コリアン知識人の言説に観られるパターンをなしている。北朝鮮の独裁体制の人権弾圧と国家犯罪はほぼ明らかとなった。そして、北朝鮮を批判する声は、今や一般日本国民の間でも沸き起こっている。そして、そこには「日本の「民族的狭量」「差別主義」としか思えない言動も、当時はなかったインターネット掲示板や街頭での運動にて、比較にならないほど明確に現れるようになってきた。

崔洋一はこの論争で、「パレード」の監督と、そして観客に対し怒りをむき出しにした。崔はそこに、自らの民族と、かっては信じた北朝鮮を、高みから笑い、否定し、時には蔑視する傲慢な視線しか見出せなかったのだ。現在でも、このような意識と心情は、日本における少数民族としてのアイデンテイテイを持つ在日コリアン知識人には根強く残り。また「良心的」日本人ほど、彼らに同情し、北朝鮮への批判は、差別の助長や一定の政治勢力に利用されかねないとためらう構図もいまだ続いている。

逆に、梁泰昊は、あらゆる政治性や運動論を廃し、パレードに駆り出される民衆の姿に悲しみと共感を持つところから言葉を発しようとした。北朝鮮を批判する側に問題点があろうとも「その源は朝鮮民主主義人民共和国にあるのであって、あえてそれを引き受けることが、『あるべき姿』なのだ。感覚的な拒否におぼれず、身の内から生まれたものを胸に受け止めて歩むことこそが、自らを慈しむ方途であろう。」という、真の意味で同じ民族としての責任を引き受けた言葉を発することができたのだった。そこから、この映画が北朝鮮にとどまらず、20世紀に様々な悲劇をもたらした全体主義の最も特徴的な姿を描いていること、だからこそソ連崩壊、東欧民主化の大きな先駆けとなった「連帯」の運動を生んだポーランドでこの映画が作られた意義の深さを普遍的に受け止めることもなし得た。「パレード」再上映の今も、この論争が提起した問題は全く古びてはいない。

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