「野ばら」「君の涙はドナウに流れ」など、ハンガリー決起と映画

6月になれば(というより、その時までに今抱えている仕事を終えれば)映画を観る時間が作れると思うので、その時にはぜひ見たい映画が山積しております。その一つが、旧東ドイツの学生たちを描いた「僕たちは希望という名の列車に乗った」

同映画のホームページを見ると、これは1956年のハンガリー民衆決起(同年10月、民衆を弾圧していたソ連の傀儡政権に対しハンガリー民衆が決起、ソ連軍が侵入して、多くの死者と大量の難民が発生しました)に対し、犠牲者のための黙とうを呼び掛けた東ドイツの学生たちの物語のようです。この映画はぜひ行きたい。

ただ、ここでちょっと紹介しておきたいのは「野ばら」という映画。これはウィーン少年合唱団をテーマにしたものですが、この映画の背景にもハンガリー決起が描かれています。主人公の少年は、この決起で両親を失った難民孤児。彼がオーストリアに逃れてきて、親切な大人たちに保護され、やがて歌の才能が認められてウィーン少年合唱団に入るという、まあストーリーはまことに単純なもの。表面的にはよくある子供向け音楽映画に見える人もいるかもしれない。

しかし、映画の途中、この孤児が合唱団のお金を盗んだという嫌疑をかけられ、しかし何も抗弁せずに逃げ出すシーンがある。これ、やっぱり難民というのがどういう視線で見られていたかをうかがわせるものがあります。

そしてこの時、ハンガリー民衆が戦っているのを、世界の自由民主主義国はほとんど何の手も差し伸べなかった。それは政治的には致し方ない面もあったでしょう。しかし、その後、例えばここ日本でも、実は社会党右派の西尾末廣と自民党とが超党派でハンガリー難民救援の運動を起こした時も、あまり話題にはならず、左派には冷笑する人も多かった(もちろん、この事件がきっかけでソ連の悪に気づいた左派の人もいましたが)

歴史家(とは到底思えないが)の羽仁五郎は「人民民主主義はハンガリアまたチェコそのほかの東部および中部ヨーロッパの各国において、これまで資本主義によってどうしても実現されなかった経済自立および民族独立の方向を初めて確立した」と、中央公論1957年1月号で堂々と書き、作家の野上弥栄子氏は「ハンガリアの人民民主政体が、もう一度独占資本家、地主、ファシズムと民族主義をいっしょくたにしている軍人の支配に逆転しようとしているのを(ソ連は)少々粗暴に引き戻そうとした」(世界 1957年1月号)と書きました。自由を求めて戦った人々に、平然とこういう侮辱を浴びせるのは、卑劣か無知(あるいは両方)としかいいようがありません。

もう一つ「君の涙 ドナウに流れ」という、ハンガリー決起50年後に作られた映画があります。こちらも名作。ハンガリー決起は10月、メルボリンオリンピックが11月だったことを、お恥ずかしいことに私はこの映画で初めて認識しました。この予告編を見ただけでも、きっとこの映画が見たくなると思います。天安門事件30周年の年、ぜひ、このいくつかの映画作品に触れてみてはいかがでしょうか。

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