日本国憲法の批判 里見岸雄著(昭和29年)より 偉大な先駆者の預言

日本国憲法の批判 里見岸雄著(昭和29年)
(前略)
3 運命
イ 此の憲法が永續した場合

若し、日本國憲法が、かかる精神に底礎され、かかる性格を負ふたまゝ、嚴格にその規定を以て日本を拘束し、マツカーサーの初めの期待のように百年も永續したら、いつたい日本はどういふ運命になるか、それを考へてみることは決しておろそかにしてならぬ一大要義であらう。

この憲法が嚴格に永續的に施行されてゆけば、第一に日本は完全な獨立國として再起することが出来ぬ。根本的には米國の主権に服してゆくのと同じだからであり、一定の範囲で主権めいた行為が見られるとしても窮極的には米國の解釋や意思に頼らざるをえなくなり、日本は永遠に奴隷國、或は愚國、或は保護國的境遇を脱却出来ないであらう。

第二に、主権座所が、君権剝奪による国民主権の確立といふ観念形態を伴っている点から見て、必ずいづれの日にか尊皇的感情の押へ難い爆發に見舞はれるのであらう。いかに民主主義者が猛り立つても日本に於ては尊皇思想、尊皇感情の絶滅をのぞむことは不可能である。

一部の民主主義者は、この憲法の保障する言論自由を極度に、否、しばしば不當に濫用して皇室の尊厳を冒涜しつゝあるが、これが不日、尊皇的民族感情の怒に触れないといふことはありえない處であるから、この憲法と、かくの如き反天皇的民主主義者が比較的大量に、しかも、言論界を支配してゐる限り、やがては、言語に絶する凄蒼な克服運動が起るであらう。この克服運動が、根本に於て理性的であるならば、日本は尊皇民主主義の國として、民族的なものと世界的なものを立派に調和統一した建設に成功するはづだが、悪くすると感情的に走り、再び右翼的、濁栽的反動に轉落する不幸を見ないとも限らぬ。

第三に、日本は永遠に人間の世界に於ける最弱國として生存権を自ら保障することの出来ない、否、自ら生存権を保障する努力をすることの出来ぬ國となる。日本國憲法の前文は卑屈にも、『平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した』と曰つてゐるが、このようなことが可能なのは神の國、佛の國だけであって、人間の世界は、そんな生やさしいものではない。『平和をあいする諸國民』が既に米ソ封立となり、罵り嘲り怒り恨み、冷戦の最中であり日夜熱戦の準備に忙殺されてゐるのであつて、信頼するに足る公正と信義など、どこにもない。

唯現在の日本は、一つには占領関係から、一つには経済社尊の本質的関係から、すくなくもソ聯、中共等の共産國家に對する限り米國とほゞ利害が一致する爲め、米國の公正と信義とに頼って生存も安全も保持してゐるだけである。そのような生存の仕方、特に、武力的に保護を受ける関係が存する限り、人間の社曾では對等になれないのが原則である。今日の世界は各國悉く武装してゐる世界であり、國家間の紛争解決の最後の手段が戦争に求められるばかりでなく、一定の世界観に基き他國を機尊あらば、その立場からの解放に導く爲め武力侵略を當然とする國家さへ寛在してゐるのである。

かような時代の世界に存在する日本が、憲法第九條の下に拘束されつゝ國家の安全を求むるならば、具体的には米國の武力の保護にまつほかない。その意味で日本は卑屈な被保護國に甘んずるほかなく、それを嫌って反米蓮動を起し、假りに成功したとしても、今度は一層好ましからざるソ聯等の侵略支配の前に怯えなければならぬ。怯えるだけに止まらば不幸中の幸であるが、恐らくソ聯の直接又は間接の武力により幾十百萬の大量虐殺を伴ふ共産革命に國を亡ぼすほかあるまい。

第四に、日本國憲法が存続する限り、日本の所謂民主主義の支配的勢力が著しく共産主義の影響下にある事實と相侯って、日本國民は、國民として一體化する道を絶たれ、階級としての團結、從って階級對立の構相を激化するのみであらう。日本の統一安定は、かくて望みえず。国内は常に不愉快な政争紛争に血ぬられ、日本人が全體として互に愛しあひ温めあってゆく民風は徹底的に傷つけられる惧れが多大である。

第五に、日本國憲法の存する限り、現代民主主義の主流と相俟って、國民は、個人の尊厳あるを知って民族、國家の尊厳及びその集中的個體化としての天皇尊厳を覚ることを妨げられるから、民風は、よき意味の個人主義に到達する代りに、悪い意味の個人主義、自己主義の泥沼に陥り、救ひ難い劣等民主主義國になりはてる危険が多分にある。官僚主義、獨裁主義を抑へて國民の権利を増大した日本國憲法の特色は十分に之を認めなければならないが、かくては功罪相殺といふ結果にもなりかねないように思はれるのである。(後略)

いや、これは解説不要ですね・・・

昨年、先輩からこの文章をコピーで渡されるまで、この昭和29年jの時点でここまで深い、現在にまで通じる、いや、今こそ読みかえすべき憲法批判、日本ナショナリズムの可能性と限界、また陥りがちな欠点を指摘している文章があるとは知らなかった。

まず紹介します、余計な解釈は不要と思う、まず、ゆっくりお読みください。得るところの多い文章です。

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