書評 再起 宮嶋茂樹著 KKベストセラーズ

 書評 再起 宮嶋茂樹著 KKベストセラーズ
 あまりにも巨大な悲劇と運命に直面した時、人は立ち尽くすしかない生き物である。批評だの分析だのはその悲劇を利用して自説を展開したい安全地帯にいる人間のやることだ。著者の「カメラマンになったことを後悔した」という言葉は、この震災という悲劇を全身全霊で受け止めたからこそ出てきた言葉だ。

 著者は続ける。「何を撮っていいか分からない。何を撮っても目の前の現実を表現できない。何を撮ってもこの悲劇を伝えきれない。」しかし、この言葉が記された5ページに映し出された岩手県陸前高田市の恐怖と破壊を伝える写真は、確実に「悲劇」と「現実」を表現している。病院のほとんど最上階近くまで積み上げられた瓦礫の山。瓦礫ここまで運んだ津波の高さが恐怖を持って迫る。そして、瓦礫の山を形作る一つ一つの破片は、この街で生きてきたすべての人々の生活の一片である。辛うじて建物は残った病院も、窓は壊れ、部屋の中はもちろん人影もなく、ただ壊れた電灯がぶら下がり、様々な家具が壊れたまま薄暗い闇の中に転がっているのみだ。「町」と「生活」の崩壊、そしてそれをもたらした自然の恐怖がこれほど象徴的に表された写真は私は他に知らない。

 そして、この悲劇と恐怖を,また運命に立ち向かう人々を、著者はこのような壮大な映像だけではなく、まさに「神は細部に宿る」という言葉を再認識させられる効果的なショットで描き出す。18ページの一人の機動隊員の後ろ姿。彼は福岡から、瓦礫の下の行方不明者を探し出す任務を帯びている。しかし、彼の背中を通じて伝わってくるのは、途方もない悲しみと、あまりの現実にただ天を仰ぐばかりの思いだ。このショットを正面から撮影し、背後に瓦礫の山を見せたら、おそらく凡庸な「困難を目の前にしてもひるまない機動隊員」の写真にしかならなかった。この写真が撮影されたのは3月19日。未だに現実を受け止められない人々の心が、この一枚の写真の背中に雄弁に表されている。しかし、この機動隊員はこの撮影の一瞬後にも、心を無にして、一人でも多くの行方不明者を救い出すために瓦礫の山に立ち向かっていったはずだ。

 50ページの、これも自衛隊員たちの後ろ姿の写真。腰のあたりで、純白の手袋が決意を込めて交差している。なぜ純白なのか。これは、行方不明者の救出や、また不幸にして遺体で見つかった場合の搬送のためだと著者は記す。生者であれ、死者であれ、この日本国に住む人々はすべて救出と礼節の対象であることを、この白手袋と両手が語っている。そして、他の写真に見る自衛隊員の表情に浮かぶのは、意志や決意以上に、何よりも冷静さだ。彼らは悲劇を前に立ちすくんではいない。彼らは一瞬も観客にはならず、悲劇の中に自らの役割を果たすために参加していったのである。これは彼らが「軍隊」という、極論をいえば、死を覚悟する組織にいたからこそできたことである。平和時に勇壮な強弁を語る壮士にも、生きることのみを価値とする平和主義者にもできないことが自衛隊だからこそできた意味を、私たちは今受け止めなければならない。隊員たちは「そんな大げさなことではなく、任務を果たしただけですよ」と言うだろうが。

 本書の表紙を飾る、この瓦礫の町の日章旗が、なぜあれほどまでに美しいのか。それは、日章旗に象徴される、そしてこの写真に映し出された人々が体現している「日本精神」とは、極限の悲劇の中、哀しみを通じてそれを乗り越えていく姿勢に根差しているからだ。この写真集は、「再起」という題名とともに、「日本」という副題がふさわしい。国家とは何か、日本とは何かを問われたとき、私は黙ってこの東日本大震災という悲劇を写真集として記録したこの一冊を手渡したい。

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