「(馬鹿げた言葉で傷つけられた人たちがいた時)傷つけられた人たちの気持ちをやわらげ、その被害を補償し、加害者を罰するには、何がなされなければならないのか。それは、ただこうである。絶対に何もしない。何もいらない。」(ジョナサン・ローチ)

このご時世、繰り返し読み直しているのがジョナサン・ローチの本。私はこの考えに100%賛成なわけじゃないですが、やはり心に留め置くべき意見だと思う。

「(馬鹿げた言葉で傷つけられた人たちがいた時)傷つけられた人たちの気持ちをやわらげ、その被害を補償し、加害者を罰するには、何がなされなければならないのか。それは、ただこうである。絶対に何もしない。何もいらない。」

「自分たちが傷つけられたいう人たちに対する標準的な答えはこうである。『気持ちが傷つけられたという以外に何か被害があったか。君たち或いは他の人たちが暴力や野蛮な行為で脅されているのか。それはないだって。それでは、君たちの気持ちが傷つけられたということは恥ずかしいことだが、しかしそれは全くの不運だった。それにくじけず生きていくことだ。』」

「気持ちを傷つけられない権利というものが確立されると、より礼儀正しい文化に至るどころか、誰が誰にとって不愉快だとか、誰がより多く傷つけられていると主張することができるかと言ったことをめぐって声高な泥仕合が起こるだろう。」

「いくらかの人たちは常に他者を傷つけるようなひどいことを平気で言うというのが、不幸な現実である。彼らが財産を破壊したり、暴力をふるうというのでなければ、無視するか、批判すればいい。しかし、彼らを罰するために権力者をこしらえてはならない。」

「有害な意見と不人気な意見を区別するほどに手の込んだガイドラインを作ることは、到底よくなし得ることではない。実際には、政治権力者の気に入る意見と彼らにとって都合の悪い意見との区別になってしまうだろう。」(『表現の自由を脅すもの』ジョナサン・ローチ著 角川選書)

ローチはユダヤ人であり同性愛者です。彼としては耐え難い言葉を本書でも引用紹介し、その上で、このような言葉それ自体は抑圧されるべきではない、と言い切っているところにこの本の迫力と真摯さがある。この本も絶版らしいけど、角川さん、今こそ復刻してほしい!

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