ぜひ読んでみてください 下川正晴著「占領と引揚の肖像 BEPPU」(弦書房)

私自身、まだほとんど読んでいない本を、読め読めと他人に薦めるのはルール違反です。しかし、それはわかったうえで、この本は是非読んでほしい。いま目次を見てパラパラっと見ただけで確信しました。下川正晴著「占領と引揚の肖像 BEPPU」(弦書房)

本書冒頭には、1945年8月21日、自決した吉田正良中尉のことが記されます。当時20歳だった中尉は、15日玉音放送を聴いた夜に自決を図りましたが周囲に制止され、21日朝、ついに覚悟の自決を果たしました。「下士官兵は一刻も早く故郷に帰そう。我々には敗戦の責任がある。自分は戦いに敗れて、再び家郷に帰ることは出来ない」と語っていたと言います。吉田中尉はある意味時代に殉じました。そして本書は、生き延びた、生き延びねばならなかった人々の記録です。

ここには、敗戦、占領、引揚、そして今も続く日本と朝鮮半島の関係が、別府という街を舞台に、様々な視点から描かれています。阿南惟幾とその妻子、山田洋次、寺山修司、朴慶植、水上勉、「復讐するは我にあり」、戦災孤児、朝鮮戦争、別府温泉、博覧会、戦後のキャバレー、何の脈絡もなく並んでいるかに見えるこれらの名前やキーワードが、本書には何らかの形で別府という街、戦後占領期という時で重なり合ってゆく。

以前、雑誌「正論」にて、下川氏は阿南惟幾の自決とその妻綾、そして朝鮮人軍人の美しいエピソードを記していた。ぜひあれはまとめて単行本にしてほしい、角田房子の名作を補強し、戦前・戦中の軍隊に新しい光を当てるものになると期待していましたが、本書第7章「阿南綾の戦後」は、阿南惟幾の妻、文の戦後史をたどることによって、ある見事な女性の精神の記録を蘇らせたものになっています。阿南綾氏が戦後、様々な苦労を経て子供を育て上げ独立してからは、仏門に入り得度したことも、私は下川氏の文章で知ったことでした。その時の綾が詠んだ歌がこれです

満ち足りて心にかかる雲もなし いざ分け入らん法の山路に

また、朝鮮半島と日本との関係でも、興味深いエピソードが続出します。戦後の混乱期に別府市長を務めた脇鉄一は、戦前、朝鮮半島で判事を務めていました。彼が戦後日本に帰還しようとしたとき、朝鮮半島の独立運動家の中でも最も優れた人物だった呂運亭とその同志たちが、ぜひ朝鮮にとどまってほしい、新しい朝鮮国のために判事として協力してほしいと頼まれたていたのも驚きでした。

しかし、脇は、朝鮮独立派の混乱、運動家たちの付和雷同を見るにつけ、いかに呂運亭が頑張っても、この国の未来は危ういと日本に戻りました。その後別府を再建した業績を思う時、本当にちょっとした決断で人間の運命も、ある意味政治の流れも変わるとしか思えません。

とにかくほんとに面白そうな本なので、ぜひご一読をお勧めします。

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