名著だがゼメキス批判はあまりに政治的 「最も危険なアメリカ映画 『國民の創生』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで」(町山智浩著 集英社)

現代政治の難問であるポピュリズムについての評論としても読める一冊。特に、「群衆」「オール・ザ・キングスメン」などの映画を論ずる著者の筆は見事にこの問題を描き出している。逆に、ポピュリズムの問題は、建国以来アメリカにとって無視できない存在であったことも、アメリカ映画の始まりを告げる名作であるグリフィスの「国民の創生」が、芸術的には傑作でありながらKKK讃美の差別主義映画であり、同時に、南北戦争によりbん段された南部と北部の和解こそが「アメリカ」という国家の原点であることを教えてもくれている(そして、その「アメリカ」には、黒人はあくまで白人と仲良く共存する「よい黒人」でない限り入れてはもらえないし、この映画が、殉死な黒人よりも白人との混血児を徹底した悪役と描いていることも興味深い)

ただ、正直著者の筆が走りすぎているのは、ゼメキス監督の「フォレスト・ガンプ」批判だ。確かにゼメキス自身は保守的かつポピュリズム的な思想の持主だろうと思うが、この映画をその線で全面批判するのはやはり政治的偏向だろう。著者は、この映画ではヒロインジェニーに象徴される60年代アメリカの反戦運動やカウンターカルチャーが徹底的に悪しき偏見で描かれていると言っているが、素直に映画を観ればそのような政治的テーマがこの映画で描かれているとはいいがたい。ガンプはいわゆる知能指数も低い無知な若者だが、母親の献身的かつ厳しい愛情に包まれている。ジェニーは知識もあり政治的関心も深い才女だろうけれど、父親の虐待とレイプまがいの環境に育っている。ジェニーの不幸は、この少女時代のトラウマを克服できないまま、政治運動やヒッピー運動にのめりこみ、父親のような暴力的な男性としか交流を持てずに生きていくところにあるのだ。そして死の直前、ガンプと結ばれるジェニーは、生涯の最期にやっとその父親からの被虐体験を乗り越えることができたのである。私にはこの映画はそのような悲しい運命の女性と、無知ではあるが愛情に包まれることで世界を受け入れることのできた幸福な男性のドラマとしか見れない。

ついでに言っておくと、ベトナム戦争の敗戦も、当時の公民権運動もこの映画には描かれていないと著者は批判するが、それはガンプの視点からはそのような政治の動きが理解できないからだ、と見るのが映画を観るということではないだろうか。ジェニーを主人公としたらそのようなシーンをゼメキスは彼なりの解釈で描いたろうが、これはガンプから見たアメリカ現代史なのだ。ま、かなり厳しいことを書いたが、著者の他の論考はとても面白いし、現代政治を考える上でも重要な視点を多く提示している

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