宍戸錠の素晴らしいインタビューから。偉大な役者は優れた批評家でもあった

宍戸錠さんが亡くなった。私はそれほどファンだったわけじゃないですけど、このインタビューはぜひ紹介したい。宍戸錠と石原裕次郎を語らせたらこの人しかいないという、作家、矢作俊彦によるインタビューからです。

「『手品と同じさ。種を明かしたら、誰もこの腕に銭を払っちゃくれねえ』(映画のセリフ)」

「宍戸錠さんは拳銃なんか少しも早くありませんよ。本物だって、いたずら程度に、ずいぶん後になってからアメリカで撃っただけです。君、ね、あれは映画。映画の中だから楽しいの。やる方も、観る方も。」

「ツアー組んでね、グアムだとか何処だかまで、まるで体育会の合宿みたいに拳銃を撃ちに行くなんで小児症です。一歩あやまれば変態だ。ぼくはそんなことに熱中したこともない。練習したこともない。手品と同じですよ。早く見せればいい。人の眼を左手に集めておいて、右手はもうポケットでコルトを握ってる。君(作家)だってよくその手のトリックを使うでしょう。文字でね。ほら『男の手は動き、手の中に拳銃が現れた』ってふうに。」

「あれですよ、手品師が本当に女の腹を真っ二つにしてごらんなさい。血は出るわ、腸は飛びだすわ、そんなの映画じゃありません。ものの見事に真っ二つにならなければ、手品師は拍手をもらえない。本当に切っちゃうような映画もあるけどね、それはもう映画じゃありません」

「そのころの映画(日活アクションの時代)は制約が煩わしくってさ。主役は色々タブーがあった。特に石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎の三人にはね。女とやっちゃいけねえ、回想シーン以外では人を殺しちゃいけねえ、何人もの女にキスしちゃいけねえ。誰も、ずっと後になるまで主役は(映画のなかで)死ぬこともできなかった(中略)主役がそうした制約を受けた分、ぜんぶおいしいところが、このエースのジョーに転がり込んできたって寸法ですよ。」

「まんまとゲイリー・クーパーを主役に祭り上げ、負け方、やられ方、捨て台詞に暴れっぷり、ラブシーンに死にざままで、おいしいところを独り占めにしたバート・ランカスターの気分ですよ。『ヴェラクルス』ね。僕は拍手しましたね。心の底から。」

「あれが楽しくなくて、映画スターのどこが楽しいんですか。」(矢作俊彦『複雑な彼女と単純な場所』新潮文庫 より)

すぐれた俳優って、口に出すか出さないかは別として、みんなすごい映画批評家だと思う。ここでの宍戸錠の言葉も素晴らしい。

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