ラグビーと良きグローバリズム

私はラグビーについては何も知らないし、これまでずっと応援してきたファンでもない。こういうルールもろくに知らない俄かが語ってはいけないのだ。でも、そんな人間にも伝わるものがあったので書いておきます。

ラグビーだけではなく、スポーツのいい試合を見るとつくづく思うのだが、「良きグローバリズム」というものがあるとしたらこういう世界だと思う。ルールを守り、ナショナリズムや伝統を否定せず、かつ排外主義に陥ることなく、チームという共同体の一員となりその共同体を愛し全力で尽くす意思があるのならば、多民族でもまったくの同胞として迎える。

そして、国と国との間には、ルールと相手の名誉を守った上での、純粋な競い合いだけがある。勝者には栄光があるが、敗者を侮蔑し屈辱を与えるような行為は絶対に許されない。それは勝者の名誉をも傷つける行為なのだ。もちろん、現実の政治や国際関係にはこういう美しさは実現できないのが現実だが、この大会は、なぜか見ていてとてもすがすがしく、人間は本当はこう生きられるのではないか、国際社会もこうあるべきではないかという思いすら抱かせてくれました。

直接関係はないけど、この「君が代」もなかなか聞かせるなあ・・・

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