「僕は反戦映画というのは何にしても嫌いなんだ。かわいそう、かわいそうという映画も嫌ですね」(野坂昭如)

「僕は反戦映画というのは何にしても嫌いなんだ。かわいそう、かわいそうという映画も嫌ですね」

「僕は決して主人公のように優しくはなかった。自分のものを食べないで妹にやろうと心の中で思っていても、いざ、それを手に持つと、こっちも腹が減っているものですから、やはり食べてしまう。その食べた時のおいしさたるやないわけですが、食べ終わった時の苦痛というのもすごいわけです。世の中に俺みたいな駄目な奴はいなんじゃないかと思ったりしてね。小説では、そこらへんは、一切書きませんでした。」

「節子の4歳という年頃は、客観的に見て、女の子が一番かわいい年ごろでしょう。それから14,5歳の少年というのは、自分が男であるということに、つまり自己というものに気がつきはじめる年代なんです。そういう二人が、二人っきりの生活に閉じこもるわけですから、そこには明らかに近親愛みたいなものがある。」

「妹の方も、環境の変化と、兄の変化というものに影響されて急速に大人になり、結局、兄に対して、母親の立場になったり、恋人の立場になったりする。(中略)で、妹が肉体的にどんどん衰えていくときに、その衰えというものを、兄は美しくなっていくという形で見ざるを得ない。少年の日の甘美な妄想というものがあるんですね。結局あれはもう、死に至る毎日が道行きなんです。あれは心中ものだから」

「あの二人は楽しんでるでしょう。とてもよく笑っただろうし、何かちょっとしたことが、いちいちキラキラ光って見えただろうね。海とか、空とか。8月15日の空は青かったというけれど、あの時の僕らの眼というのは、実によくものが見えていたんです。もう死んじゃうわけですから、末期の眼で見ていたわけでしょう。なんでもいちいち新鮮に見えたしね。」

「例えばトマト一つにしても、盗んできて食べるとき、トマトなりの生の充実感というものが、こちらに伝わってきたんですね。すぐそばに死があるわけだから、こちら側の生の充実感たるやものすごかった。」(野坂昭如 ジブリの教科書「火垂るの墓」文春ジブリ文庫収録の高畑勲との対談より)

野坂昭如氏が亡くなってからもう4年になりますが、この言葉は、野坂氏の発言や小説の中でも、もっとも率直に自分の本音が現れているものだと思います。アニメーション「火垂の墓」に対する素晴らしい解説にも、はっきり言えば、本質的な批判になっている部分もある。表層の政治的立場を越えて、野坂昭如という人はもっと再評価されてもいい方だと思うし、これだけリアリティのある「戦争体験」を戦災孤児の側から語れる人の言葉はやはり率直に受け取るべきと思いますので、ここで紹介させていただきました。

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