平泉澄をいつかちゃんと読んでみよう

「大体日本歴史を考える上に於いて人々の考は実に楽観しすぎている。日本の歴史は見事な歴史である。日本の国体は実に立派な国体である。是には何も問題はない。そういう風に楽観しすぎているのであります。」

「飛んでもない話。日本の歴史が光に満ちた歴史であることは言うまでもない。日本国の国体は万国に冠絶せる国体であることは言うまでもない。しかしながらこの優れた国体、この優れたる歴史というものは、いい加減な気持ちを有って何等為す無くしてこの輝きを得られたものでは断じてない。幾多の苦しみの中に幾多の忠義の人々が命を捨てて護り来ったところである。」

「実際事情をよく見て参ったならば幾多の恐るべき問題があって、その幾多の恐るべき中においてすぐれたる人々が命を捧げ奉って之を護り来ったのが日本の国体であります。」

「日本の国体を考える以上は、日本の歴史を考える以上は、真実にこの国体を守り奉らんが為に、この日本の歴史をして光あらしめんが為に吾々は何をすべきであるか、このことを深く考えるところなくしては、自分の責任においてこの国体を護り奉つるということを覚悟せずしては、真に日本の国体、日本の歴史を考えることはできないのであります」(平泉澄)

これは戦前・戦中、最も純粋な「皇国史観」を説き、軍部にも大きな影響を与えると共に、戦後も一切転向することなく生きた平泉澄の言葉です(現代仮名遣いに改めさせていただきました)。いつか平泉澄の本をちゃんと読む時間を取りたいのですがなかなか。講談社現代文庫で「物語日本史」(上・中・下)が出ていますので興味のある方はぜひ。皇国史観とは何か、と言われたら、この3冊を読めばわかりますよ、と私はこたえることにしています。

平泉は、過去の日本の歴史の栄光のみを語り、日本は皇室伝統があるから大丈夫だ、という意見には常に反対していました。平泉にとって日本の歴史とは、何度も起きた危機をそのたびに愛国者や忠臣が決死の覚悟で守り抜いてきたものだったのです。彼は語学も堪能で、西欧の神学や歴史学を深く学び、その上で自分の歴史観を作り出していました。今もっと読まれていい思想家ではないかと考えています。

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