ジミー・ディヴィス(カントリー歌手)の選挙演説

アメリカのカントリー歌手にジミー・ディヴィスという人がいまして、彼は名曲「ユー・アー・マイ・サンシャイン」の作者(実際には他人の作った曲を買い取ったみたい。当時のカントリーではよくあったこと)でもありましたが、ルイジアナの州知事にも当選、職を全うしました。ある意味、「タレント政治家」のはしりの一人かもしれません。

彼が最初に知事選に立候補した時の演説です。

「今日アメリカが直面している問題はただ一つで、それは戦争に勝つことであり、戦争に勝つまでは、その他に重要な問題があるはずがありません(注;ディヴィスが立候補した選挙戦は1944年、戦時下)。そして、戦争の余波から、この州がかって経験したこともない深刻な問題が訪れるはずで、次期の知事はそれにふさわしい人物でなければなりません。」

「私はヒルビリー歌手(カントリー歌手)だと言われてきていますが、それはその通りだといえるかもしれません。実際、私は音楽が好きで、政治をやるようになっても好きだという気持ちを変えるつもりはありません。率直に言って、このルイジアナからワシントンに至るまで、音楽がもっと増え、争いがもっと減るということにならなければいけないと思います。」

「もし、対立候補をそしらなければならない、また、ただ選んでほしいために守れもしない約束をしなければならないという事でしたら、私は相応しい人間ではないし、知事の仕事を欲しくもありません。」

「とはいえ、かってわたしの農民として、街へ行くのも車輪がぬかるみにはまって難儀したことからしますと、立派な道路ができたことには感心していまして、もし知事に選ばれましたら、今の道路組織が維持され、また拡張されるために、私のできることは何でもやります。」

「また、月給75ドルで学校の教師をやっていた経験からしまして、学校と教師の問題は重要であり、決してなおざりにされてはならないと思います。」

「老人の世話も適切に行われるべきだと思います。総合病院をはじめとした機関を整備する今の制度には賛成でありまして、そのどの機関についても、それを改善し、維持するためにできるだけの努力をすることを約束します。」

「最後に、知事に選んでいただきましたら、皆さんのために精力的に、また公平に仕事をし、私を選んだことを決して公開なさることがないよう任務を果たす所存であることを申し添えます。」(「ユー・アー・マイ・サンシャイン物語」三井徹著)

この時期のルイジアナ州は、それまでヒューイ・ロングという独裁的で、かつワシントンに公然と反旗を翻す政治家が務め、政敵に暗殺されるという事件が起きたすぐ後でした。州民は、政治の熱狂よりも「無党派」で好感の持てる知事を求め、ディヴィスが当選。彼は政治的に取り立てて業績はなかったのですが、議会内の旧ロング派と反対派の間を中立的立場でおさめ、ルイジアナに安定と一定の経済的成果をもたらしました。

ディヴィスは知事当選後、何をまず目指しますかという問いに「(音楽と同じく)ハーモニー、調和ですかね」と答えましたが、それは一定程度果たしたのかもしれません。

でもこの演説、当時から、何も内容がないとか、綺麗ごとだとかマスコミは批判していたのですが、なんか今の政治家に比べてそんな悪くもないような気もします。

ディヴィスは、哀しい気分で落ち込んでいる人に、頑張れというのは禁句なんだ、そういうときには、逆に人間は悲しい歌をききたくなるもので、それこそが人の心を慰めるんだ、と語っていたそうです。これは中々真理かもしれません。

ディヴィスの選挙運動は、だいたい上記のような簡単な演説ののちは、バンドと共に何曲か演奏したとのことです。やはりここはこのヒット曲を聴きましょう。


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