捕らわれたウイグル詩人、バルハット氏の「母語」を紹介します

アジア自由民主連帯協議会ホームページに、支援者から送られた二つの資料を掲載しました。一つは、近年拘束されたウイグル知識人のリスト、そして、その中の一人、2018年に拘束され収容所に送られたとみられるウイグル詩人パルハット氏の詩集「燃えている麦」の翻訳です。

バルハット氏の詩の一つを紹介します。

母 語

友がヨーロッパに移住して 長い年月が過ぎた

一年前 肝臓ガンにかかり 異国で目を閉じた
妻はヨーロッパ人 子供たちもその地で大きくなった

目を閉じる前のただ一つの願いは

母語――ウイグル語で会話をして
別れの言葉を告げることだった
だが残念なことに だれにも理解できなかった

彼は妻に語った

生まれて最初に聞いたことばは ウイグル語だった

私が泣けば 父母はウイグル語であやしてくれた
キスしてくれた 撫でてくれた

母はウイグル語で 子守唄を歌ってくれた

子守唄は優しく眠らせてくれた 聞かずには眠れなかった
目は閉じず 悪夢を見るのを恐れた

はじめてウイグル語で 愛を感じた

はじめてウイグル語で 美に気づいた
はじめてウイグル語で 自由を聴いた
はじめてウイグル語で 語ることを学んだ
はじめてウイグル語で 望みを伝えた

はじめてウイグル語で 痛みを訴えた

はじめてウイグル語で 喜びを表現した
はじめてウイグル語で 愛を語った

ウイグル語で 魂の世界を組み立てた

この言葉がなければ この世界は崩壊する

私の肉体は他人の実験室となり

私の頭は 厄介な文法書と辞書の結合体となり
別人が私の口を借りて 話しているようだった

なぜなら長い年月をふるさとで過ごしたあと

この地に来てはじめて知ったからだ
自分と違う多くの民族と言葉があることを

ことばを学んでいるときには

いつも 「別れの悲しみ」がからみついていた
第二言語の拷問から 解放されることはなかった

私はただ この母語の中で生きているだけ

ここは私の唯一の領土
占領することはだれにもできぬ

私は母語の中にいるときだけ自由

私の唯一の夢
かき乱すことはだれにもできぬ

http://freeasia2011.org/japan/archives/5628

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