ムッソリーニと特攻隊

「遠くて近い日本について話したい。旭日の帝国が負けることなく勝利まで戦い抜くことは、確信というより疑い得ない事実である。」

「日本の意志と魂を示すのは、死を覚悟した特攻隊の存在である。数十名程度ではなく、何万人もの若者たちが、『一機以て敵艦一隻』を合言葉にし、それを実行する。」

「共和国イタリア人たる我々にとって、世界の感心感嘆を得ている天皇の陸海空の戦士たちが、誠実で我々に理解を示す仲間として共にあることは誇りである。」

ムッソリーニはエチオピア戦争の際、イギリスとの戦争に至った場合に備え、イタリアでも英艦隊を標的にした決死の特攻隊が結成されたこと、名簿の筆頭に市外したのが当時の空軍司令官バルボであることを初めて明かした。

「さて、もしいずれか、このような特攻隊を作る時が来たならば、もし我々の血脈に古代ローマの戦士の血が未だ流れていることを証明すべき時が来たならば、国民に対する自分の呼びかけは無駄になるのだろうか?」と問いかけた時、「否!」と答える聴衆の叫びが会場に響き渡った。」(ロマノ・ヴルビッタ「ムッソリーニ」中央公論新社)

これはムソリーニが失脚後、ドイツ軍に救出され、イタリア北部に「サロ共和国」を一時的に建国したのちに行われた、1944年の演説です。ヴルビッタ氏の本書はムソリーニに対する最も愛情深い評伝ですが、日本とムソリーニの関係についてもいろいろ面白い指摘がなされていました。

ああ、マニは日に晒され詰め物をされた

そしてミラノでムッソリーニとクララも
ミラノで踵からつるされた
死んだ雄牛を蛆虫どもがむさぼるために
ディオニソスは「二度生まれた」が
二度はりつけにされた者が歴史のどこにいるか
(エズラ・パウンド「詩編」より)

エズラ・パウンドはアメリカの詩人で、第二次世界大戦に反対、イタリアに渡ってラジオで反米・反戦放送を行いました。その彼はムソリーニとファシズムに最後まで忠実で、イタリアで逮捕され獄中にいる時に、ムソリーニの死を悼んで書いたのがこの詩です。パウンドの思想や行動が正しいかどうかは別として、敗北の中でも自分の思想を貫く姿勢は私は感動するものがあります。

You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply

Subscribe to RSS Feed