書評 「もう一人の昭和維新 歌人将軍 斉藤瀏」伊藤悠可著 啓文社書房

「もう一人の昭和維新 歌人将軍 斉藤瀏」伊藤悠可著 啓文社書房 という本が出版されました。これは素晴らしい本。ぜひ読んでほしい本なので簡単にお知らせいたします。

斉藤瀏は、明治12年に旧松本藩士の家に生まれ、貧しさから丁稚奉公にも出されています。しかし、境遇の苦しさからひねくれることもなく、どんな立場に置かれても素直にその中で全力を尽くし、境遇を恨むことなく、かつ、それによって周囲の人たちからも愛される性格の持ち主でした。

自ら志願して陸軍幼年学校を受験、軍人として成長し日露戦争にも従軍、過酷な戦場を体験しますが、奉天大戦での武勲を讃えられ金鵄勲章を賜ります。斉藤が戦場の軍事探偵としても優秀だったエピソードが本書には紹介されており、そこでは満州での日本人女性(はっきり言えば売春婦)との出会いも記されています。

ロシア兵に追われた時、偶然通りかかった酒場で働く日本人女性に匿われて危機を脱した斉藤は、その女性にいくばくかのお金を渡そうとしましたが、彼女は、大切な任務を受けて働いている方から、その軍用金の一部なりとも日本人として受け取るわけにはいかないと断りました。

斉藤は、陣中でも持ち歩いていた日本の歌集を「好意に報いるものは一つもないが、せめてこの歌集を受け取ってほしい」と渡し、後であなたを今の境遇から救いたいと言いましたが、その日本人女性は「私はこうした淪落の女です。ご縁がありましたらまたお眼にかかります。お気をつけてお国のために」と答えるだけでした。その後、混乱を極める満州の情勢下、斎藤はとうとう再びその女性と会うことはありませんでした。

そして、斎藤瀏は昭和3年、済南事件の責任を取らされて軍職を解かれることになります。この事件は蒋介石軍による日本人居留民虐殺事件ですが、ここでは詳しく触れるのは差し控えます。その責任を取らされた形で斉藤は軍を負われますが、当時の日本政治の腐敗、軍内部の様々な問題点を深く認識した斉藤瀏は、その後、青年将校の革新運動に共感していくようになります。2.26事件の指導者のひとり、栗原安秀は特に交流が深く、物心両面の支援を惜しみませんでした。

他にも多くの青年将校が斉藤を訪れ、その人格を尊敬しています。同時に斉藤瀏は、彼らがあくまで軍人としての分を守るよう諫める面もありました。そして、2.26事件が勃発した時、それまでは青年将校に共感するような言辞を語りつつも、現実に蜂起が起きれば自らの責任を逃れようとした幹部軍人と異なり、青年将校たちの意図を生かしつつ、事態を収拾するために最も積極的に動いたのも斎藤でした。軍上層部は、このような事態を招いたことの責任をむしろ感じるべきだ、切腹の覚悟で事に当たられたいというのが斉藤の意志でした。

しかし、ご存知のように蜂起は失敗、斎藤自身も獄中の身となります。少年時より歌を愛し、日露の戦場にも歌集を持参した斉藤は、獄中でもたくさんの歌を詠み続けます。

死も難し生もまた難し逝く水の逝くにまかせてわれはあらむか

くやしけれどこの牢にわれ死にも得ずいける屍といかされており
許されて病舎の庭に出で立てば雑草の芽も踏むに惜しかり

そして、本書の中で最も興味深いのは、第9章「歌人・斉藤瀏」でした。ここでは、短歌に対する斉藤の並々ならぬ知識と鑑賞力、そして深い理解がうかがえるだけではなく、当時も現在も誤解された、国家緊急の事態、歌人も時局を反映した歌を詠むべきではないかという斉藤の言葉の本当の意味を本書で初めて理解しました。

これは時局への便乗でも、歌人も愛国や憂国の歌を歌えという意味でもなく、万葉集の防人の歌や東歌への斎藤の深い理解から生まれたある種の文学論だったのでした。斉藤は、万葉集を愛し偉大さを認めつつ、その背後には、もっと長い民謡、民衆の中から生まれてきた歌の伝統があること、短歌は国民すべてが共有する文化伝統であることを読み取り、短歌を単に個人の感性や嗜好ではなく、国民伝統の中によみがえらせようとしたのでした。

そして、刑死した2.26事件の青年将校の魂を、まるで古代の防人たちのように歌い上げたのが、斉藤瀏の娘、斎藤史でした。

暴力のかく美しき世に住みてひねもすうたふわが子守唄

濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知れぬ
白兎雪の山より出でてきて殺されたれば眼を開き居り
銃坐崩れことをはりゆく物音も闇の奥がに探りて聞けり

簡単に触れるつもりが長くなってしまいましたが、これは本当にいい本。いつかきちんとした評論を書きたいのですが、とにかく素晴らしい本なのでぜひ読んでみてほしい。

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