書評「日本赤軍とは何だったのか」和光晴生著 彩流社

(この本の書評、以前このブログに載せたつもりだったのですが、見当たらないのでとりあえず再掲載します)

元日本赤軍メンバーで今は無期懲役刑で徳島刑務所に服役中の和光晴生による本書は、従来の日本赤軍のイメージ、特にリーダーの重信房子を理想化する『アラブの革命戦士』というイメージを完全に覆すものだった。私は重信の著作にも目を通したが、彼女の文章が情緒に流れるばかりで具体的な事実に曖昧なのに比べ、和光の著作は遥かに具体的で説得力がある。

 まず驚かされるのは、日本赤軍といえば必ず引用される、1972年のイスラエルリッダ空港における、奥平剛士、岡本公三、安田安之による銃撃戦についての記述だ。この3人は、実は日本赤軍との関係はきわめて薄く、別の新左翼組織のメンバーだった。確かに彼らをパレスチナゲリラ左派のPFLPに紹介したのは重信であり、重信と奥平は日本を出国しやすいように夫婦として籍を入れてアラブに渡ったのだが、奥平も安田もどちらかといえば特定のセクトには属さないタイプであり、彼らの主観においては『義勇兵』の意識が強かった。

 しかし、1972年の「リッダ闘争」は、日本赤軍の行動として今に至るまで宣伝され続けている。そして日本赤軍が「パレスチナ連帯の象徴」となることにより、本来広範囲であるべきパレスチナへの支援は、非合法活動や国際テロ、工作活動を中心にしたものになっていく。、日本からは文化人、ベトナム反戦運動家、新左翼学生運動家など多数がパレスチナとの連携を求めて現地へ向かったが、日本赤軍は彼らを難民キャンプのパレスチナ民衆の現場に触れさせるよりも、様々な欧州などでの工作活動に関わらせようとした。赤軍自体、アラブやパレスチナ民衆との接触はほとんど無かった。尚、大使館占拠やハイジャック闘争についての本書の記述は生々しく、特に国際テロリストのカルロスがこの工作には深く関わっていたことが解る。

 そして、本書はよど号犯=北朝鮮政権と日本赤軍との関係について、当事者が始めてその関わりを認めた証言でもある。重信房子が北朝鮮に渡ったのは1975年の初めであり、以後、同志間の「自己批判・相互批判」という徹底した洗脳化、総括の繰り返しという北朝鮮式の洗脳教育が持ち込まれた。著者が重信の非現実的な作戦を拒否した1977年、著者を批判するパンフ「自力更生」を重信は発行しようとしたが、この書名は言うまでも無く北朝鮮の用語の一つだ。

 さらに、著者は日本赤軍は1980年のレバノン戦争でベイルートを事実上追われ、パレスチナ側ももはや他国民の支援者を抱えるのが政治的にもマイナスになった後、日本国内に「人民革命党」を結成する方針を打ち出したと記す。果たしてこの勢力がどの程度のものだったのかは判断できないが、これはよど号犯が「民族」「愛国」を打ち出して日本国内にシンパを作り、反核運動に紛れ込んだり、後に八尾恵を潜入させた事などと連携していた可能性を思わせる。重信はいまだ獄中だが、彼女と北朝鮮の間にはまだまだ深い闇があると私は本書を読んで直感した。

 そして、逮捕後の和光は、日本赤軍を、いや戦後左翼運動を「失敗した運動」と明言している。その原因として「革命のためならすべてが許される」と、あらゆる非合法活動も、暴力も、また虚言も正当化したことが運動を市民から離反させたとし、裁判の場は公開である以上、そこで嘘をつくことは支援者や市民を裏切ることだと、黙秘はしても事実に関しては決して美化も隠しもせず語るべきだという原則を貫き、他の赤軍メンバーが自己弁護のために平気で事実を捻じ曲げていることを厳しく告発する。私は彼の思想や行動は批判的だが、その立場を超えて、著者の運動家としての勇気と真摯な態度を讃えたい。

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