櫻井よしこ氏と洪ヒョン氏の対談本「韓国壊乱」(PHP新書)から紹介します。

櫻井よしこ氏と洪ヒョン氏の対談本「韓国壊乱」(PHP新書)は大変興味深い本ですが、ここで洪氏が韓国の保守について語っている部分、これは私自身深く自戒しなければいけないと思いました。紹介させていただきますが、興味を持たれた方は本書をご一読されることをお勧めします。

洪「一般に、韓国で保守・右派と呼ばれる人々は、『左派に反対する勢力』という意味に過ぎない。左派と右派との決定的な違いは、左派の方には『左派になる過程の蓄積があることです。左派には、必ずリーダーと組織、闘争の方針や戦略、戦術があります。」

「ところがそれに対し、従来のいわゆる右派は『左派に反対する陣営に投票する人々』が便宜上、そう呼ばれてきたに過ぎない。」

櫻井「左派は積極的に思想を学び、組織としての活動や権力闘争のプロセスを踏んできたけれども、右派にはそれが欠けていた、というわけですね。」(引用終わり)

これはある意味その通りで、韓国はかって反共政権だった時代も、ごく一部の知識人を除いては、国民には「北朝鮮の人間は悪魔、油断すれば襲ってくる」レベルの「反共教育」を行ってきたにすぎず、本当の意味で共産主義がどれほど恐ろしいか、どのように人間の精神を破壊していくかをきちんと教えてはこなかった。だから逆に、民主化が進む中で、実際に左派や共産主義の文献が入り、運動家が現れてくると、以外とあっけなく彼らの論理に洗脳されてしまう人が出てくる。

少なくとも共産主義思想とそれに基づく運動は、19世紀末から約100年間、人類にそれなりの影響力を持ち信奉者を作ってきたわけで、その人たちがみんな愚かだったわけでも洗脳されやすい人たちだったわけでもない。

いま私たちがナチスやスターリン、毛沢東時代の狂気を批判するのも笑うのも簡単ですが、いざ自分がそこに生きていたら果たして彼らのスローガンに全く共感しなかったかどうかはよくよく考えてみる必要がある。ナチスであれスターリンであれ毛であれ、彼らの主張は、一定程度人々の理想を代弁し、善意に触れる部分があったからこそ力を持ったのです。

そして洪氏は、レーニンに始まる共産主義運動の最も大きな武器を「文化共産主義」、文化面、言論面での攻撃とみなします。その典型を現代におけるポリティカル・コレクトネス(「政治的に悪しき言葉」を勝手に制定し、否定したり言い換えたりすること)の蔓延と、「公正・平等」(反差別)が絶対の価値とされることで言論がゆがめられていくことの危険性を指摘します。

洪氏は、このポリティカル・コレクトネスこそが、ソフト化した共産主義による、伝統文化、文明の破壊、宗教の否定、行き過ぎた性教育などにつながり、本来は文明や伝統文化の上に立ってこそ成り立つ自由と民主主義の理想そのものを崩していくことを指摘した上で、その上で、トランプに象徴される政治家たちがそれに抗していることを一定程度評価しています。

歴史問題では洪氏と桜井氏は意見は異なりますし、私と洪氏もまただいぶ違うでしょうが、以下の原則に立つことが、まず最低限の共通ラインとなるべきでしょう。

洪「今、左翼メディアが国民を洗脳している韓国では、国家や人類の未来に全く無関心の議員が多い。まさに文在寅をはじめ従北勢力がその典型でり、彼らはただ「平等な社会を作ればよい」「金持ちから資産を奪い、自分たちが富を分配する」という妄想にとりつかれている。」

洪「彼らの最大の特徴は、他人や他国の過去ばかりあげつらって現在、未来を見ないということにつきます。自分たちが権力を握るために過去を掘り起こし、「こいつが悪い、あの国が悪い」と強調し「階級的敵対感」をあおっているわけです。」

「世の中には『過去しか見ない』『見えない』人間がいる。彼らは未来に全く関心がなく、過去に執着する。正常な人間ならば、相手の過去をほじくるよりも自分個人や国家の未来を案じ、将来の世代のために何ができるかを考えます。」

You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply

Subscribe to RSS Feed