今こそガメラ新作を期待する

先日調布市にてお話をさせていただいたので、やはりこのことは書いておきたい。ご存知のように、調布駅にはガメラと大魔神の壁画があり、かつ、「映画の街」として知られる。そして私はかってシンゴジラについても感動した人間の一人ですが、自分にとって最愛の怪獣映画と言えば「平成版ガメラ2 レギオン襲来」なのです。

この映画のすばらしさは沢山の人々がすでに語っており、今更私が付け加えることもないが、いかにもSFマニアらしい設定の見事さ(レギオンについてのち密な設定は、正直最初に映画館で見た時にはまるっきり理解できず、確認のために二度見てもわからず、後にネット他の解説を読んでやっとかろうじて理解した)しかも、それが理屈先行にならずにちゃんとストーリーを生かしていること、造形のすばらしさなどは今更触れない。とにかく、怪獣映画が好きでこの映画を観ていない人、絶対人生損しているから見たほうがいい。

ただ当時私が印象的だったのは、レギオンが巨大レギオンと、地下鉄を襲う無数の小型レギオンの両方を描いたこと。怪獣映画では迫力と面白さは巨大怪獣にこそあるのだけど、「恐怖」の部分は、人間と同じ大きさか、それよりはやや大きかったりする小型の怪物が多数襲ってくるところにある

これをよく理解している作品の一つが「空の大怪獣ラドン」で、ラドンの餌だったメガヌロンという幼虫の設定が映画を面白くしていた。あと私の思い込みかもしれないけど、あの地下鉄が襲われるシーン、それこそサリン事件のメタファーのように感じてマジに怖かった(大泉洋がちょい役で出ていることばかり騒がれるのはいかがなものか)この映画公開は96年、サリン事件の一年後だったので。

そして、この映画ほど見事に自衛隊とガメラが「連係プレー」をする作品はたぶん最初で最後だろう。これもまたよく言われることですが、「本当に怪獣が日本に襲来したらどういう防衛体制や政府の発表が行われるか」を、ここまでリアルに描いたのは当時としては画期的だったと思う。「シンゴジラ」は、この平成版ガメラなくして生まれなかったはずだ。

そしてここでの自衛隊の活躍は本当にかっこいいし、そのセリフもまた決まっている(レギオンを聖書の言葉を引用して名付けるのもしびれたが、死を覚悟し闘いに行く自衛隊が、逆に『逃げたっていいんだぞ』と語るのもまたかっこよかった。これは絶対に逃げない人が言うから逆にすばらしいせりふになるのだ。

後、ヒロインの水野美紀、とてもいい役者であることは言うまでもないけど、ここまで可愛く撮影されたのはやはり監督とカメラの力だろう。

「怪獣映画のヒロイン」というよりも「オタクの女神様」という撮り方で、やたらとミニスカを(冬の北海道というのに)履かせ、かつ本棚の裏にお酒を隠していて、部屋を訪れた男性が飲みたいなというとさっとすすめてくれる、かつその棚に並んでいるのが「ゲド戦記」というのがもう監督やスタッフの趣味そのものである。(別にラブシーンではなく「レギオンとは何か」を難しく論じているシーンですよ)

ここでの水野と「シンゴジラ」の石原さとみを比べると、大げさかもしれないが庵野と金子修介の作家性の違いが何となくわかるような気がする。ただいずれも「何かに一途に頑張る男性を見守る女神様」的な描き方で、それを屈折した設定と性格に持ち主として描く庵野と、まさにそのまま素直に男のあこがれの聖女として描く金子との違いというのはちょっと興味深いテーマで、誰か分析してくれないものか。

とにかくここまで素晴らしい怪獣映画は少ないので是非見てほしいのですが、最後に多くのガメラファンは同じ志を持っていると信ずるけど、ガメラの新作、角川さん何とか作ってくれませんでしょうか。

「平成版ガメラ3」は、確かに傑作ではありました。「七人の侍」(同時に、私はジョン・ミリアスの「若き勇者たち」も何となく思い出した。核戦争後の世界で少年少女がゲリラ戦を行う映画)を思わせる設定、SFと神話テイストの見事な融合、前田愛のおそらく人生最高の演技(と、思う)など、確かに面白かったのだけど、あのラストはやはり私は残念な終わり方だった。これから大決戦になるという寸前ではないか。

まあこれも、1999年の公開で、ノストラダムスの予言(空から恐怖の大王が降ってくる云々)にラストのギャオス大襲来を合わせたのだろうし、ジョージ秋山の名作漫画「ザ・ムーン」を思わせるある種のバッドエンド、という解釈もできなくはないのだが、やはり私は、素晴らしい映画だけどこの終わりはないだろうという思いで映画館を出たし、今もその感想を変えるつもりはない。

絶対にガメラシリーズは新作が必要だ。角川としてはその後に作ったガメラ映画「小さな勇士たち」が大コケしたので、ガメラ物を作る気持ちを失い、シンゴジラの成功で逆にやはりもうガメラの時代ではないという発想になったのではないかと推察する(これは未確認)

しかし、今見返すとあの映画は、平成ガメラとは違う「子供の味方ガメラ」「子供が素直に観れるガメラ」の復権を狙ったもので、一部で言われるほど悪い作品では全くない。あまりに平成ガメラの感動が深すぎた私のような人間が題名だけでなんだこりゃとおもってしまったのがいけなかったので、不当な評価については素直に謝るから、どうか今の時代、角川が「シンゴジラ」を越える「新ガメラ」に挑んでくれることを心から熱望し嘆願します。

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