お正月はマンガ名作を読もう、というわけで「男おいどん」再読

お正月は懐かしいマンガ名作を読もう、というわけでまずはこの作品を紹介

男おいどん

松本零士の大ヒット作であり、彼の本質を最もよく表した名作であることは言うまでもないでしょう。そして、今の時代(2019年)読み返して感じるのは、主人公が、正直自分でも認めているようにさして才能もなければ実力もなく、それを磨く暇もなく生活に追われているのに、強烈なまでの「上昇志向」を持っていること。それが何であるかは別として「最後には笑って死ぬのだ」「大物になるのだ」という意志は根拠もないのに強く、逆にどんなに挫折しても変わらない。これは松本零士の作風である以上に、やはりこの作品が書かれた70年代初めごろまでは、このような希望や上昇志向がまだまだ日本に残っていたのだと思う。例えば後の前川つかさの「大東京ビンボー生活マニュアル」と比べると、80年代という時代が日本から何を失わせ、また、何を与えたのかがわかるような気がする。

同時に、今の時代、学歴も職もなく明確な夢もない若者は、このおいどんよりも前川つかさの主人公よりも、もっと希望を失い、もっと殺伐とした世界で生きていかざるを得ない。その意味では、なんだか逆にこの漫画の時代は、人間も社会もまだまだ「おいどん」のような人を迎え入れるゆとりがあったのだなあと思わせます。そしてまた、バイタリティのある下宿屋のバーさん以上に、こんな大人がいたらいいなと思わせるのがバイト先のラーメン屋の主人と奥さん。ごく普通の町のラーメン屋をやりながら、おいどんのような若者をとても暖かく見つめている。これはたぶんおいどんの父親同様、戦争体験・戦後体験というものがどこか傷を残し「若い奴は好きなように生きろ、自由に生きろ、自分たちの青春はそれができなかったんだから」という思いがあるからじゃないかとも思わせる。

そして漫画としての魅力は、やはり次々と出てくる女性の美しさとその性格の描き方。「悩める若者の支援」をしているとする女性ボランティア(?)の意外で哀しい一面、最も賢く、性格もよいけれど、家の事情で静かに運命を受け入れる西尾さん他、魅力的な女性が次々に登場する。正直、このような女性がいたからこそ、「あんな女性に相応しい人間になる」という意志を主人公は持ち続けたのではないかという読後感が残ります。

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