広河隆一氏のスキャンダル(というか、ほとんどレイプ)について

私は基本的に、今マスコミや世論から批判されている個人を批判するのはあまりしたくない。さらに言えば、他人の文章や作品ではなく、その人格を批判する権利は私にはないと思っています。自分がどれだけ性格悪いかはよく知ってますからね。

ただ、今回の広河隆一の件については、左右いずれであれ「正義」を振りかざし、運動や組織内でカリスマ的にふるまう人物の下では起こりかねないことなので書いておきます。

週刊文春の記事は立ち読みし、申し訳ないけど途中で気分が悪くなったので買わずに店を出ました。ネットでいくつかの記事は観ましたが、そこで思ったのは、広河を尊敬し、フォトジャーナリストを目指していた若い女性たちにたいし、ほとんどレイプに近いことをしていたということ。

彼女たちがその時逆らえず、そして今まで訴えなかったのは、単に弱い立場だったからではない。おそらく「尊敬する『正義のジャーナリスト』がやることは間違っていない」「この人に嫌われたら自分の目指すジャーナリズムの世界では生きていけない」と思い込んでしまったからだし、あえて言えば、広河氏がそのような「洗脳」と「権力支配」をしていたから。

これは、最悪のカルト宗教の教祖と弟子の関係と同じ。「自分たちが正しいことをしている、人々を救っている、世の中をよくするためにやっている」と思い込んだ集団の中では、こういう「教祖と弟子」の関係が起こる危険性が常にあります。

しかし、ジャーナリストという立場でありながら、人々に対し権力者としてふるまい、平気で「犠牲」にしてきた広河という人には弁護の余地はない。ジャーナリストならば、このような「権力」こそ絶対に作り上げてはいけない立場です。

広河は、性的関係はあったけどそれは彼女たちも同意の上だ、望んでいたからだと最初は文春の取材に答えていた。これはごまかしでも強弁でもなく、たぶんこの人は、本気でそう考えていたと思う。最悪の教祖って、自分で自分を騙すことができますからね。「自分が偉大な仕事をしているジャーナリストであり、この女性たちは自分を尊敬し敬愛しているのだ」と、本気で思い込んでいたはず。だからこそここまでのことができた。もしかしたら男性に対しても、相当に権力的、高圧的にふるまっていた可能性はある。

私は広河の名前と作品は、イスラエルがベイルートに侵攻した際に起きた、サブラ・シャティーラ虐殺事件の際に知りました。この事件については詳しくは触れませんが、イスラエルに同情的な私にもこれはひどい蛮行だと思った。その写真の一つが広河氏のもので、殺されて横たわる老人の写真でした。これには私も大変衝撃を受けました。

しかし、その時たまたま読んだ「破断層」という広河氏の小説は、ちょっといくら何でもというほど、パレスチナ側は正義の被害者、イスラエル側はナチスまがいの悪玉のように描かれていました。

もちろん、これはルポではなく小説だから別にかまわないということもできる。しかし、ジャーナリストがここまで単純に、複雑な中東情勢を善悪で分けて書いていいものかどうか。その読後感が悪かったせいか、いくつかのルポを読んでもどうも一方的に読めて仕方がありませんでした。

広河は元々イスラエル独自の社会主義共同体「キブツ」に憧れ、実際に中東を訪れてからイスラエルのパレスチナへの態度を知り、今度は100%「転向」した人だということを知り、まあイスラエルに対しこういう視点を持つこともわからなくはないけど、この人の言説はちょっと党派的だ、と思い、それ以後はあまり読むことはありませんでした。他に、パレスチナに同情的であれもっと公正な記事を書く人は沢山いたので。

ずっと後になって、東日本大震災後、広河が広瀬隆氏と共に、福島原発の問題に対し発言し、また雑誌を発行するようになりましたが、その内容をいくつかネットなどで観ると、明らかに誇張や思い込みに基づくものが目につき、この人はもう「ジャーナリスト」ではなく「反原発運動家」(下手をすればアジテーター)になったのかな、と思っていました。

今回の記事で広河氏を「世界的に有名な人権派ジャーナリスト」と、まあ煽り文句とはいえ文春は書いているようですが、近年の広河氏がそのような評価を受けていたとしたら、そのように彼を祭り上げた側にも、今回の事件の責任の一端くらいはあるのかもしれません。まじめな反原発派の方も、たぶん彼や彼の雑誌には疑問を持っていたはずですよ。

You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply

Subscribe to RSS Feed