12月14日、おすすめ忠臣蔵古典映画紹介

映画「忠臣蔵」は沢山の作品があり、私もすべてを見たわけでは無論ないのですが、この時期には、年中儀式のように、何かDVDの一本も見たくなってきます。

これはもう趣味の問題で、それぞれお気に入りの映画版があると思いますが、とりあえず、1958年の大映版「忠臣蔵」(長谷川一夫、鶴田浩二、菅原謙二、山本富士子、京マチ子、市川雷蔵)もしくは1959年東映の「忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻」(片岡千恵蔵、中村錦之介、市川右太衛門、あと何と美空ひばり)の二本は、未見の方は一度は見てみることをお勧めします。

前者は、私はとにかく市川雷蔵が浅野内匠頭を演じている、それだけでうれしくなる作品。ただ、この前半、若干噺のテンポが速く感じるのが残念、もう少し雷蔵の苦悩する浅野が見たかったなあとまで思ってしまいますが、まあそれだと別の映画になってしまうからな。

後者では千恵蔵と錦之助の芝居が、歌舞伎の美しさを映画の中で表現しているような不思議な感動を呼び、なるほど、元禄時代とはかくも鮮やかだったかとうならせてしまいますし、美空ひばり、最初はいくら何でもミスキャスト、無理やり作った役だろうがと思いましたが、なんか見ているうちにはまってくる気もする。

とにかく役者の色気と、当時の日本映画オールスター時代劇の迫力、「元禄時代はかくも華やか」と言わんばかりの舞台の絢爛豪華さは、やはり一度は見ておいた方がいいし、映画と歌舞伎の中間点ともいえる「講談映画」としての忠臣蔵を見ることができます

ついでに言っておきますと、映画「忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻」では、有名な「南部坂雪の別れ」では、大石内蔵助が直接語らずとも、瑤泉院が決起をすでに言外に悟るように描かれており、また大映忠臣蔵では、内入り後に気づかなかったことを詫び、大石達を見送る場面がありました。このあたりは、『戦後「忠臣蔵」映画の全貌』谷川建司著 集英社 が詳しく分析していますので、興味のある方はご一読ください。

ただ、正直、このような映画はもう古い、セリフも演技もちょっとついていけない、という方もいて当然なのです。ある意味、今の時代に忠臣蔵をつくると悉く「新解釈」になってしまうのは、こういう時代劇の伝統、様式美の伝統が日本の映画の中で絶たれてしまったからで、ちょっと意味は違うかもしれませんが、アメリカでジョン・ウェイン風の西部劇がもう作れないのと同じ。そのような人のためには、次の作品をお勧めします。

東宝の1962年版「 忠臣蔵 花の巻雪の巻」これ、実はごく最近私は見ました。原節子の最期の映画出演ということで、実は忠臣蔵よりそちらの興味で観たのですが、原節子の出番は残念ながらほんの少し、大石内蔵助の妻、りくの役で出演。大石家を離縁されてそっと去っていきますが、これが、彼女の日本映画への別れの姿になったのかと思うと、それ自体はごく普通のシーンなのに、なんだかジーンとくるものがありました。

その上で、この映画では加山雄三が浅野内匠頭を演じております。山のように反論がくることを承知で言いますが、内匠頭像としては、一番「わかりやすい」んじゃないでしょうか。

他の映画の内匠頭はほとんど、「純粋で侮辱されて悩みついに我慢ができなくなる」パターンですが、ここでは最初っから、唯長生きしただけの年寄りに上から目線で言われたら許さんぞ、という気分に満ちています。役者加山雄三の最高傑作は黒澤明との「生きる」だと思いますが、加山の内匠頭、騙されたと思って未見の方は見てほしい。内匠頭としては珍しく「カッコよさ」に満ちていますよ。

そして、八世松本幸四郎の内蔵助をはじめ、上記二作に比べると、わずか数年なのに、映画のつくりもせりふ回しもぐっとモダンになっていたのがわかる。たぶん今の30代以下には、この作品が上記二作より楽しめるかもしれない。

皆様には、皆様の好きな忠臣蔵映画があるかと思います。ただ、この平成という時代が終わりつつあるこの年末、もしよろしければ、上記のような作品にも、レンタルなどで安くみることもできると思いますので、かっての日本時代劇の偉大な業績と、日本映画がまだ娯楽の王様だった時代を思い起こしてくだされば幸いです。

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