織田作之助の戦時中の短編「姉妹」と「旅への誘い」

織田作之助という大阪の作家がいて、もちろん大阪の象徴的な作家として私はかなり好きなんですけど、もっと読まれてほしいので紹介します。岩波文庫版「夫婦善哉」に「姉妹」という、文庫本で10ページちょっとの短編が納められているのですが、これは中々泣けますので是非ご一読を。

両親を早く亡くし、姉の喜美子は洋裁の仕事をして、妹が東京の学校で学ぶのを支えてきました。しかし、妹が学校を卒業したころ、姉は過労がたたって倒れ、ついに亡くなってしまいます。青春時代、映画一本観ることも、女性らしい化粧をすることもなく、京都の安い学生街の狭いアパートで姉は世を去りました。

妹の伊都子は、南方派遣日本語教授に志願します。

「身を捨てるよりほかには、今の伊都子には姉に報いる浮かぶ瀬はないと思われたのであった。姉の不幸を思えば、もう自分の幸福は許されない。自分もまた身を殺していこうというこの気持ちは、自虐めいたが、しかし、身を殺して御国のために尽くすよりほかに、今はもう姉に報いる道はないと、伊都子には思われたのである。」

「姉の青春、というよりもむしろ、生命と引き換えにもらった女専の卒業免状が、南方で日本語を教える資格に役立ってくれれば、もうそれで何も言うことはない。」(姉妹)

そして、選考試験の合格通知が届いたのは、姉がその日までは生きて最後に見ておきたいと言っていた祇園祭りのころでした。そして、同時に、姉宛にある男性からの手紙が届きます。

「ずいぶんご無沙汰しました。お元気ですか。

東京の大学へ入ってからもう一年半になります。その間いっぺんもおたよりもせず、申しわけありません。
早速ですが、僕も学徒海鷲として、近く●●航空隊へ入隊します。申すまでもなく、生きて帰る気持ちはありません。従って、もう再びあなたにお目にかかれるかどうかわかりません。」

「つきましては、二年前あなたにお貸しした鴎外の『即興詩人』はかたみとして、あなたに差し上げます。僕が戦死しましたら、京都の吉田の僕の下宿で、パンセラの「旅への誘い」のレコードを、二人で聴いたことを思い出してください。」

「もう京都は木蓮の花が咲いているでしょうね。高等学校時代がなつかしいです。そして、あなたのことも。」(姉妹)

この後のストーリーはネタバレになるし、要約して伝えるのはもったいないので、もし面白そうだと思ったら読んでみてください。

本作は昭和18年、大戦中に書かれたもので、この作を時代に迎合したものだとかいう人がいますが、そういう人は文学を理解していない人。この姉妹の間にどのような複雑な思いがあり、青春を自分のために犠牲にしたと思っていた姉に、どんなかすかなものであれ青春も恋愛もあったことを知った時の喜び、その感情の揺らぎが余分な描写も何もなく描かれている佳品です。

この素晴らしい短編で紹介されている「旅への誘い」、戦前の歌手パンセラの録音です。この詩は、恋人と共に、あこがれの地に旅立つ内容を歌ったものですが、そう思ってこの短編を読み直すとなかなかジーンとくるものがあります


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