マリー・アントワネットの遺言書

10月16日って、マリー・アントワネットの命日でした。彼女の遺書を一部紹介しておきましょう。義理の妹、つまりアントワネットより先に処刑されたルイ16世の妹にあてたものです。

「あなたに...私の妹に最後の手紙を書いています.私は死刑の判決を下されたのですが、犯罪人にしか適応されない恥ずべき死刑ではなく-あなたの兄さんに会いに行くように-との判決なんですよ.」

「兄さんと同じように私も無罪なのですから、彼が最後の瞬間に見せたと同じ毅然さを見せて死んでゆきたいと思っています.良心になんの咎めもない時、誰もがそうであるように、私も冷静に落ち着いています.」

「ただ、かわいそうな子供たちを残していくのがずいぶん残念です;あなたも知ってのとおり、私は彼ら子供のためにだけ生きてきたのですから;(中略)」

「私は、ローマ教会のカトリック教徒として死んで逝きます.これは両親の宗教であり、私が育ってきた宗教であり、いつも公言してきた宗教です.でも、こんなものに精神的慰めなど少しも期待していないし、この宗教に司祭というものがいるのかどうかもわからない」

「それで、私が生涯で犯したかもしれないあらゆる過ちについては、「神」に直接心から許しを得たいと思います.私の最後の願いと、慈悲と優しさで私の魂を受け入れてくださるように、いつもの願いを神が好意を持って、受け入れて下さればと思っています.私のすべての知人に、そしてとりわけ、あなたに、思いもよらず苦労をかけてしまったかも知れないあなたにお詫びします.私は、私に対して悪をなしたすべての敵を許します.」(後略)

全文を読みたい方は「マリー・アントワネットの遺言書 高瀬英彦」で検索すれば出てくると思います。

フランス革命の研究家、安達正勝氏の著書「マリー・アントワネット」(中公新書)が、彼女についての最も優れた、かつ公正な本だと思います。王党派が言うような悲劇の王妃でもなく、フランス革命当時、革命派、特にスキャンダルジャーナリズムで民衆をあおったエベールが描いたような、堕落した悪女でもなく、アントワネットの、そしてルイ16世のリアルな姿が描かれています。

ルイ16世は決して暗君ではなく、むしろ、破綻しかかっていたフランス経済を立て直そうとした改革派の国王でした。アントワネットも、革命の時代、国王の権利や立場をいかなる手段を講じても守り抜こうとしました。

国王も王妃も、一番の過ちは、王制を維持した上で、改革を斬新的に進めようとした革命派の中でも味方にできる勢力を、過激な革命派と同一視して遠ざけてしまい、外国勢力の支援や、最も時代を理解しない反動貴族だけを味方とみなしたことでした。しかし、知識の上では改革が必要なことはわかっていても、生まれも育ちも絶対君主制の中でしか生きてこなかった王にも王妃にも、この時代を乗り切ることは難しかったのでしょう。

ただこのアントワネットは、フランス革命という激動の時代、いかなる攻撃や侮辱を受けても(裁判の場では、ほとんど色情狂のような罵倒を受けています)自分の意志は一切曲げず、いかなる事態の中でも、自分は王妃であり、王妃としてふるまうのだという信念を持ち続けました。その意味で、彼女は自分の運命に殉したのであって、織田信長じゃないけど、ある意味「是非もなし」という境地には達していたのかもしれない。

最後に処刑台にのぼるとき、死刑執行人が、獄中生活による病気、心労で弱っていた彼女を支えて登ろうとしたら「いいえ、結構です、有難いことに、あそこまで歩く力はあると思います」と答え、一人で処刑台の階段を上ったというエピソードは、ちょっと胸を撃つものがありました。その処刑直前に書いたのが上記の遺言書です。安達正勝という方の本はほぼすべておすすめ品ですので、宜しければ手に取ってみてください
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