影山正治の維新陣営批判

昭和13(1938)年、当時はムソリーニ政権だったイタリアから特派国民使節が来日しました。ムソリーニ政権は満州国を承認しており、また1937年には日独伊防共協定が結ばれていたこともあり、日本でもいわゆる右翼維新陣営もこの来日を歓迎する声が殆どでした。

しかし、もっとも純粋な右翼思想家の一人、影山正治は断固これに反対しました。その理由は、ムソリーニ政権が、エチオピアに対する侵略戦争を行っていたことでした。特に影山が批判したのは、かってはエチオピアに同情していながら、イタリアが日本の味方になりそうだと思えばその前言を簡単に覆し、ファシズムを礼賛する論者に対してでした。

「ベニト・ムッソリーニが何と弁明し、呼号しようとも、イタリーの残虐極まりなきエチオピア侵略の罪業は覆うべくもない」

「皇道、日本主義をもってファシズムと混同するは断じて許すべからず。日本主義はファシズムに非ず。日本は全有色人種に対し、絶対の信義を持たざるべからず。日本は全世界に真の動議を確立するの使命と光栄を有す。日本は何のためにパリ平和会議において、人種平等を提出したかを反省せざるべからず。」

「しかるに、昨日はエチオピアを支持し、今日は満州国承認と引き換えにイタリーのエチオピア侵略を承認す。いづこに皇国の信義ありや。いづこに神国日本の道義ありや。」

「この態度こそ、全有色人種をして、今次シナ事変をもって侵略戦争なりと誤認せしめつつあるものなり。日本は第二のイギリス、第二のイタリー足らんとするにあらずや。これ彼らの等しく抱く真実の懐疑にして恐怖なり。」

「宜しくまずムソリーニをして反省せしむべし。宜しくまず国内の支配階級を覚醒せしむべし。宜しくまず維新陣営それ自体を粛正自戒せしむべし」(イタリー使節を迎えて悲涙エチオピアを思う)

政治にこのように純粋な道義を求める感覚は、すでに過去のものかもしれませんし、影山氏自身、当時の陣営の中でも少数派でした。しかし、こういう視点だけは、今でも失わないようにしたいものだと個人的には思います。

トランプ大統領が、いわゆる偽善的な建前政治(その陰にはしっかり利権が根付いている)を批判し、主権国家の回復こそが国際秩序を安定させるという一つの理念を提示していること、対中国において一定の成果を出していることなどは、確かに評価すべきことでしょう。

しかし、自国民をさらわれた日本国の立場として、首相も外務省も、トランプが金正恩を、外交上のリップサービスとはいえ、信頼できるパートナーだの恋人だのと言ったことに対して、ちょっとは抗議、せめて、遺憾である、くらいは言っておいてもいいと思います。

それも言わずに、ボンペオ長官にもトランプ大統領にも、とにかく訪朝する際は拉致問題を忘れずにお願いします、と頼むだけではちょっと政治外交的にもまずいのではないでしょうか(裏では言っているのかもしれないけど、言うべきことは少しは表でも言わないと)。

そして、外交面で可能性が開けるまでは刺激したくないし交渉の駒を持っておきたいから朝鮮総連にも手を出しません(そうはっきり言っているわけではないけどそう感じるので)という姿勢を日本政府が撮り続けるなら、逆に、金正恩としては、交渉はアメリカとすればいい、日本はその後でどうにでもなると思わせかねません。

これは他の国の政治家に対しても同様で、プーチン大統領に対しては様々な評価があっていいでしょうが、ロシアがチェチェンに対してやったことは、どう考えても正当化されてはならないはず。こういう文章を読むと、戦前の右翼ってやっぱりたいしたもんだなとついつい思ってしまう自分がいます。

影山は1960年の安保闘争の時亡くなった樺美智子氏に対し、現状では安保体制は必要であることは認めざるを得ないが「樺美智子さんの死に対しては、心から哀悼の言葉を述べたい。彼女こそ日本のために亡くなった愛国者だ」と述べました。敵陣営の心情も理解し共感できる点は認める、という姿勢、これは難しいんだけど、少なくとも影山はその精神を生涯持ち続けようとしたのでした。おそらくそれこそが、彼にとっての日本精神でした。

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