徳川無声氏の8月15日

徳川無声氏が、玉音放送を聞いた日に、書いた日記を紹介します。

「玉音が聴こえはじめた。その第御一声を耳にしたときの、肉体的感動。全身の細胞ことごとく震えた。(中略)」

「足元の畳に、大きな音をたてて、私の涙が落ちていった。私など、ある意味において、もっとも不逞なる臣民の一人である。その私にしてかくのごとし。」

「全日本の各家庭、各学校、各工場、各兵営、等しく静まりかえって、これを拝したであろう。かくの如き君主が、かくのごとき国民がまたと世界にあろうか、と私は思った。」

「この佳き国は永遠に滅びない!直感的に私はそう感じた。万々一滅びると仮定せよ、しかも私は全人類の歴史にありし、いかなる国よりも、この国に生まれた光栄を喜ぶであろう。」

「日本亡びるの時、それは人類の美しき歴史亡びるの時だ。後には唯物の味気なき歴史が残るばかりである。」

「日本敗れるのとき、この天子を戴いていたことは、何たる幸福であったろうか。(中略)今上は、所謂英雄ではなかった。武断的な方ではもちろんない。が、仁君にわたらせられる。いともやさしく、うるわしきお人柄のお方である。」

「その仁君の御宇、唯物的国の使用した原子爆弾で、日本は戦争に敗れた」

この言葉には余計なことは付け加えるべきではないのですが、この敗戦の日、ある意味全てを失ったかと思える時に、この言葉を書いた徳川無声の率直な心は素晴らしいと思う。

この文章の後、徳川無声は、敗れたこともよかったのだ、日本は、闘いには勝つことも破れることもあることを学んだ、敗北を知らない民族はまだ青い、これから日本はさらに精神的に一人前となるだろうと文章を結んでいます。その言葉に応えられたかどうかは、私たち現在に生きる日本人が試されているのでしょう。

You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply

Subscribe to RSS Feed