翁長知事、ニライカナイの地へ。沖縄知事選を、世代交代、意識交代の場に

翁長雄志沖縄県知事がお亡くなりになりました。政治的な立場は私とは全く異なりましたが、今はご冥福をお祈りいたします。病苦との闘いはさぞお辛かったと思いますが、今は解放され、安らかに旅立たれたことと思います。

他の方のフェースブックでも書かせていただいたのですが、

翁長氏の生前の言説の推移について、その原因も含めて沖縄問題の専門家の方は一度きちんとたどり分析してほしい。県議時代、那覇市長時代の発言と、知事選以後の言説の大きな「転向」と矛盾の中にこそ、沖縄と本土、沖縄と基地問題の様々な問題が投影されているような気がしてなりません。

私は翁長氏を、一部の方が讃えるような「沖縄の民意の代表」とも思いませんし、また、単純な親中派とも思いません。しかし、最終的に翁長氏の国連演説に表れた、正直、時代遅れとしか思えない「沖縄被害史観」に、なぜ自民党出身の翁長氏が陥ってしまったのかは、よく考えねばならないことだと思います。

これ以上は差し控えますが、翁長氏の残した言葉の中で、私が共感を覚えたものを一つ紹介いたします。

「翁長知事が死去 生前に語っていた沖縄への想い」から

(前略)沖縄に生まれ育った若い人の間で、基地問題への意識が低下していることに対しては、「ある意味で、良いことだとも言えますよね」とも語っていた。

なぜか。これは、上の世代が抱えていた「基地問題」や「沖縄差別」に対するコンプレックスを、若者が抱えなくなったことの裏返しだと見ていたからだ。

「若い人たちは、圧政的だった米軍統治下も知らない。また、経済的にもある程度生きていけるという状況に生まれている。『なぜ基地があるのか』と考える機会も、だんだんと薄れているのでしょう」

背景には、安室奈美恵さんなどの沖縄出身の若い世代の活躍や、観光産業を中心にした経済の伸びがある、と指摘していた。

「負の遺産を背負わないで、沖縄がこれから発展をしていく、世代交代の時なのかもしれません。だからこそ、基地問題は僕らが解決しないといけない」(後略、引用終わり)

私はこの思いを素直に政治に反映していたら、今の混迷や矛盾は避け得たのではないかと本気で思います。もう、沖縄と言えば基地、戦争といった「歴史」を前提にしなければ話せないという時代ではない。基地問題もこの「負の遺産を背負わない」で、斬新的に縮小や整備を目指す具体的な方策はあるはず。今回の沖縄知事選が、「世代交代」「負の遺産からの脱却」の第一歩となること、それが今最も大切なことと思います

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