高村光太郎「琉球決戦」を今日6月23日に紹介します

沖縄戦について私が軽々しく何かを今日語ろうとは思いませんが、詩を一つここでで紹介します。昭和20年4月、沖縄戦の最中に高村光太郎が発表した詩です

琉球決戦 高村光太郎

神聖オモロ草子の国琉球、

つひに大東亜最大の決戦場となる。
敵は獅子の一撃を期して総力を集め、
この珠玉の島うるはしの山原谷茶、
万座毛の緑野、梯伍の花の紅に、
あらゆる暴力を傾け注がんずる。
琉球やまことに日本の頸動脈、
万事ここにかかり万端ここに経絡す。
琉球を守れ、琉球に於て勝て。
全日本の全日本人よ、
琉球のために全力をあげよ。
敵すでに犠牲を惜しまず、
これ吾が神機の到来なり。
全日本の全日本人よ、
起つて琉球に血液を送れ。
ああ恩納ナビの末裔熱血の同胞等よ、
蒲葵の葉かげに身を伏して
弾雨を凌ぎ兵火を抑へ、
猛然出でて賊敵を誅戮し尽せよ。

余計な感想かもしれませんが、私は一時戦争中の文学者の作品をいくつか読んでみたことがあるのですが、正直、作品としていいものとはあまり感じなかったのです。ただ、いくつか、これは本当に感動する作品だというものもあって、その一つが高村光太郎の戦争詩でした。

実際に戦中派だった私の父も叔父さんも(ギリギリで戦場にはいかないですんだのですが)高村の戦争詩には、何か心に響くものがあった、と言っていますので、私の感想も全く的はずれではないと思います。この詩も、私はあえて言えば高村の作品中でも優れたものの一つだと思います。

ここで高村光太郎は「沖縄」ではなく「神聖オモロ草子の国琉球」と呼び「山原谷茶(さんばるたんちや)万座毛(まんざまう)の緑野(りよくや)、梯伍(でいご)の花」と、その自然と風物を紹介しつつ「恩納(おんな)ナビの末裔」の勇戦を讃え、熱血の同胞等日本人が「起って琉球に血液を送れ」とうたいあげる様は、高村が詩人として、琉球とその文化・歴史への最大の敬意を捧げているように読めないでしょうか。

そして、この詩が少なくとも私には感動を呼ぶのは、少なくとも詩人が本気でこう思い、感じていることを率直に表現しているからではないでしょうか。このような意識は確かにこの時代にあったはずで、それを今の時代でどう批評しようとも、このような詩を刻んで沖縄に赴いた兵士もいたかもしれませんし、少なくとも高村は沖縄戦の兵士たちに向けて心の底から呼びかけていたはずです。

高村は戦後、自分の判断の過ちを恥じると共に、自らの人生を「暗愚」なものとして、いくつかの作品でそれを謡いつつ、岩手県の山荘に蟄居しました。私はその姿も、昨日までは戦争に賛成し敗戦と共にいつの間にか「反省」して民主主義者となった言論人よりはるかに立派なものを感じます。

今日は、平和の大切さや戦争の悲劇が語られるでしょう。しかし、それだけでは戦争を充分に語ったことにはならないはずです。戦争とはあえて誤解を恐れずいえば、極限状態の中、人間の醜い面も気高い面も凝縮して現れる一瞬があり、だからこそ、文学、絵画、演劇、映画などのテーマとなってきました。戦争の醜さだけを語っては、逆に戦争を乗り越えることはできません。日本国首相は、沖縄の悲劇を語るだけではなく、日本軍と沖縄県民の勇戦とそこで示された気高さに対し、心からの「敬意と感謝」を捧げることが責務ではないでしょうか

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