「ロシアにおける広瀬武夫」 一流の国際人とはこういう人

今年は明治維新150周年、明治という時代を知るための良書などを時々紹介していきたいと思います。まず、「ロシアにおける広瀬武夫」(島田謹二著 朝日新聞社)から。これは全編引用したいほどの名著ですが、本当の愛国心とは他国に対し深い理解と敬意を持つものだ、という真理をこれほど教えてくれる本はありません。

この本で紹介されている広瀬武夫のロシアへの理解は、軍事的な側面から国民性、当時のロシア帝政の野望への分析に至るまで実に的確なものです。ロシアの下層階級が平然と嘘をついたり物を盗んだりすることについても、当初は怒りを覚えても、これは長く続いた農奴制の中で自分を守るためには必要だったのだと理解していくさまなどは、文明論的な視点もこの軍人には備わっていたことがわかります。

ただ、ここではそのような軍人・知識人としての優秀さよりも、彼がロシアの女性に、日本の軍艦を例に日本精神を説明するくだりを紹介しましょう。

「(軍艦の名前を伝えつつ)美しい名前でしょう。日本は美しい国だから、日本人はみんな美しいものを愛しています。どんなに堅牢な新式な大軍艦にも、我々は日本人の連想を限りなく刺激する、詩のように美しい響きを持った名前を与えるのです。小さな素早い水雷艦艇にでも同じですね。」

「霧が立ちます。雨がふります。夜が明けます。春の野に小さな虹が立ちます。鳥が飛びます。その名をみんな付けました。アサギリ、ユウギリ、ハルサメ、ムラサメ、シノノメ、アケボノ、オボロ、カゲロウ、チドリ、カササギ、ハヤブサ。マナヅル」

「いいでしょう。私たちの国では、こういう美しい名前が、あの力強い一番新式な軍艦につけられているのです。そりゃあロシアにだって「グロモボイ」(雷)「ディヤナ」(月の女神)「バヤーン」(中世の詩人)のように、我々外国人が聴いても美しいなと感じるものはありますが、どっちかというとその数はあんまり多くはないでしょう。」

「帝王とか、偉人とか、勇将とか、古戦場とかの名前が主ですね。それも趣がないわけではありませんが、日本のとはだいぶ違います。力は強い、しかし、心は優しい、姿は美しい、これが我々日本人の理想なんですね。」

これを全部ロシア語でしゃべれるレベルだったわけです。なんか当時の軍人の方が(少なくとも優秀な人に限っては)遥かに現代人より「国際人」だった気がします。広瀬はこのロシア婦人に、プーシキンの詩を漢詩に訳して紹介し「日本の知識階級は皆、シナ詩を日本風に造る教養を持っているんです」と語っているのも、なんか多少物を書いている自分が恥ずかしくなってくる。その訳詞に寄せた広瀬の短歌が次の歌。

戈(ほこ)にぎる 手に筆取りて 外国(とつくに)の

みやびのみちを 大和言の葉

また、広瀬は柔道の達人でしたが、ある若い日本人が、多少心得があるのをいいことに乱暴を働いたり腕自慢をしていることを聴くと、怒って次のように言っています。

「もってのほかのことですな。武術は本来身を護るためのものであって、術を誇って人を苦しめるなどとはとんでもない。普段勇気と忍耐とを充分に養って、そういう美徳が日常生活までにじみ出るようにならなければいけないのですよ。」

「勝負の時は相手がどんな点ですぐれており、どんな点でおとっているかを一目で見破り、まわりの事情もよく考えるだけの判断力と注意力が必要です。自他の関係を明らかにしたのち、はじめてこちらからほどこす技も出てくるのです。柔道は力や技だけではありません。」

「私は御存じのように、嘉納治五郎先生に教えを頂いたのですが、先生はよく情を制せよとお説きになりました。つまらぬ感情のために本心が奪われてはいかんというのですね。なまじ怒って、怒りのために身を亡ぼすというようなことがありますから、いやしい情のためにわれを忘れるというのは一番いけないという風に、先生からご教授をいただきました。」

広瀬はこの後、その乱暴者を道場で散々投げ飛ばしたうえで、貴方は若いのによくおできになるのだから、柔道の本義を学べばもっともっと強くなれます、と説いたうえで、嘉納重五郎先生がおっしゃっていたことです、と、あくまで自分の説教ではなく、柔道を開いた方の教えだという立場で説き、その若者も態度を改めるようになったとのことです。

この「ロシヤにおける広瀬武夫」は、上下二巻、確かに読みごたえのある本で、何気なく書かれている一節の背後に、著者の膨大な資料調査の背景が感じられる本です。同時に、ある種の恋愛小説としても読めるほど、広瀬とロシア人女性の交流が美しく描かれています。

またくどく言うようですが、誰か大金持ちか映画会社の社長がこの書き込みを読んでくれて、ぜひ映画化か、せめて、明治維新150周年記念で、テレビドラマくらいにしてくれないかなあ。いや絶対うけると思うんだけど。

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