書評 フィリピン 井出穣治著 中公新書

以前書いたフィリピンについての書評です。読みやすい良書なので紹介させていただきます。

書評 フィリピン 井出穣治著 中公新書

三浦小太郎(評論家)

 ドゥテルテ大統領登場後、南シナ海における中国の覇権主義膨張との関連から、フィリピンに対する注目は日本でも高まっている。しかし、時にしてその論点はよかれあしかれ個性的な大統領の政治手法、対米・対中関係、麻薬犯罪とそれへの取り締まり方法の是非など、ごく最近の事例に留まることがしばしばだ。本書はフィリピンの戦後史と政治、経済について、最低限抑えておくべき情報や知識を的確に提示してくれる一冊として、ぜひおすすめしたい一冊である。

 まず、フィリピンが人口一億人を超え、その平均年齢は25歳という、きわめて若く、発展の可能性が高い国であること、かっては「アジアの病人」と言われるほど経済・政治共に混迷を極めてきたが、現在は高度成長国として「アジアの希望」になりつつあることを指摘する。

この変貌はまず第一に、2000年代のアロヨ政権と、それに続くベニグノ・アキノ政権下による財政の健全化であった。もちろん、これは政治的安定無くしてなし得なかったことであり、この時期のフィリピンにおける財政改革や、国内のモロ解放戦線との和平の意義などを本書はわかりやすく説明していくれている。

ドゥテルテ政権は、経済面においてはアキノ路線をほぼ継承しており、閣僚人事においても経済政策に精通する大臣を要所に配置している。特に強調されているのは税制改革とインフラ投資であり、個人所得税、法人税を引き下げ、ガソリン税、付加価値税を引き上げることでGDPの訳2%に当たる3000億ペソの税収増加を目指した。

また、これまでの政権ではスピードが遅かったインフラ投資を、官民パートナーシップの形で迅速に大型投資を実現しようとしている。もちろん、この政策が全面的に正しいかどうかには意見もあり、特に後者は利権問題も絡むが、少なくともフィリピン国民には、強い政権のリーダーシップで経済政策が進んでることは、現在のところ好意的に受け入れられている。

 同時にフィリピン経済の特殊なところは、サービス業のウエイトが60%、製造業30%、農林水産業10%と、サービス業の割合が極めて高い。これは東南アジアの他国とは根本的に異なった経済システムで、しかも、1000万人のフィリピン人(国民の一割)が海外で労働、本国に送金している。

海外労働者の送金は2015年段階でGDPの約10%弱。ある意味フィリピンは、80年代の日本社会を思わせる消費資本主義、90年代に始まるグローバリズム社会に最も適合した発展をしてきたとすら言えるだろう。

だがそれは同時に国内インフラの未成立、富の格差、製造業の弱体化などと裏表の関係であり、今後トランプ政権の誕生に観られるような世界がある種反グローバリズム、反移民社会の方向に映っていった場合、フィリピン経済が現在のままで成功し続けられるかどうかには疑問も残り、本書はその点も丁寧に分析、製造業の発展こそが今後のフィリピン経済のカギであることも示唆している。私見だが、日本はこの部分で大いにフィリピンに協力することができるのではないだろうか。

 そして、トランプ政権は、南シナ海における中国の覇権主義に直接対峙しているフィリピンにとって、安全保障上も重要な存在である。著者はこの点でもドゥテルテ大統領の姿勢を分析、大統領の発言に暴言に近いアメリカ批判が散見されたことには懸念を示しつつも、そこにはある種フィリピンの自主独立路線の萌芽もあり、国民はそれに共感をしていることも公正に指摘している。ドゥテルテ政権をフィリピンの歴史の中で正確に位置づけるためにも、このような視点は必要だろう。

そして、フィリピンの民主主義は、マルコス体制を打倒した民衆革命(「エドゥサ」とこの蜂起は語られ、フィリピン国民の政治的アイデンティティとなっている)を原点としており、ある種反体制運動や政府批判の力強さを持つとともに、それが政権の安定化をしばしば阻害してきた。

これに対し、先述した2000年からのフィリピン現代史は、政府への信頼を徐々に高めることに成功してきており、その上でドゥテルテ政権が誕生したこと、犯罪防止、麻薬撲滅、そして先述した経済改革の推進などが行われているのだ。

確かにドゥテルテ政権が強権政治化する危険性は皆無ではないが、フィリピンの現状を知るためにまず本書を読むことで、私たちは性急な判断を免れ、今後日本の東南アジアとの友好国たりうる、この「若き大国」との関係について冷静に考えることができるだろう。(終)

You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply

Subscribe to RSS Feed