書評「 どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由 」西部 邁 (著) 幻戯書房

4月16日に、表現者criterion「西部邁」特集号が発売されます。私もつたない文章を載せさせていただきました。執筆者を見ると、西部氏がいかに多くの方々に影響を与えたかを思わせます。

https://the-criterion.jp/backnumber/78_201805/

かなり前に、確か正論の書評でしたが、私が西部さんの著書を紹介した文章をここに置いておきます。

どんな左翼にもいささかも同意できない18の理由

西部 邁 (著) 幻戯書房

本書の題名で誤解しないでほしい。著者のいう「左翼」とは、いわゆる共産主義だけではなく、戦後的価値観としての民主主義、人権、合理主義、生命尊重、設計主義、高度資本主義等のすべてを指す。

さらに言えば、著者の視点は、その戦後的価値観の原点である近代主義そのものへの深い懐疑の念に根差している。近代の幕開けというべきフランス革命はこの地点から全面的に否定される。自由、平等、博愛といった近代的価値観こそが、著者の最も否定すべき「左翼」である。

 しかし、著者は、フランス革命を批判したエドマンド・バークのような、伝統的価値観や信仰に根差したうえで近代を批判する「伝統保守派」ではない。そのような伝統がすでにここ日本では、戦後という時代に徹底的に破壊されてしまったのではないかという、苦渋に満ちた認識が本書には記されている。

しかし、それでも読後感は不思議なほどさわやかだ。戦後の安易な反国家主義を完膚なきまでに批判したのち「歴史に欠乏しているからこそ歴史を願望する」という心理学が「国民精神の故郷を再発見することもあながち不可能ではないはずだ」と西部氏は説き、現在の日本人が戦後の思想を乗り越え、新たな国家や共同体を建設していく可能性に希望を託す。そして、故郷とは自分にとって「信じ難きがゆえに信じ、望み難きがゆえに望み、愛し難きがゆえに愛する」存在だという美しい言葉と共に、私たちが取り戻すべき精神の故郷について語るのだ。

国民精神の故郷という名の伝統以外にも、人間は神を、国家を、家族を、そして自分自身を、常にこのような存在として認識しているのではないだろうか。このような精神に立ち、自分自身の矮小さ、信じる力、愛する力のなさを認識した人たちだけが、この大衆社会で「左翼」であることを免れるのだ。

そして最後に著者は「文明の没落に懸命に抗おうとしている若い知識人たち」の登場を評価しつつ、本書を「絶望と希望の交錯を止めないのが人間の性なのか、とこの年にしてまたしても思わされるのである」と閉じている。老賢人から、今大衆社会に抗っている次世代への、愛情あふれるメッセージである。

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