黒田勝弘氏の「隣国への足跡」(角川書店)に描かれた朝鮮人学徒兵

黒田勝弘氏の「隣国への足跡」(角川書店)は、韓国を心から愛するジャーナリストによる素晴らしい本ですが、その中にたいへん印象的な文章がありますので、私なりに要約して紹介させていただきます。それは韓国人作家、韓雲史氏との交流で(70年代末から)、同氏は、人気放送作家であると共に、大東亜戦争時に、学徒出陣した兵士の一人でもありました。

韓氏は1943年、中央大学予科二年、望む形ではなく一時は満州に逃れたいとも思っていたのですが、結局、「学徒志願兵」として、京城にて、同年12月28日、学徒出陣壮行会に参加しました(東京の学徒出陣から二か月後のことです)

そこで小磯国昭朝鮮総督が演説に立ち、次のように挨拶しました。

「幸いにして諸君は、今こそ皇恩の無限なるを悟り、決然と立って、今度まさしく皇国臣民として、堂々とその義務を追行することになったのであります。」

その時、二階にいた韓雲史氏は、突然立ち上がり叫びました。

「小磯総督に一言お尋ねします。小磯総督は、我々が出征したのち、朝鮮2500万の将来を確実に保証しうるや否や、明確な返答を願います。」

それに対し小磯総督はただ一言応えました。

「そのようなことを疑っているものは、皇国臣民としての訓練がいまだ足りず、というべきである。」

その後、小磯総督は何事もなかったかのように演説を続けましたが、韓氏は憲兵につまみ出され、地下室に連れていかれました。「大変なことをしてくれたな」「死刑になる覚悟があるんだな」と脅す憲兵に対し、氏は「正直でありたかったからであります。ここにきているみんなの胸を開いて聞いてみれば、わかると思います」とのみ答えた。

しかし、壮行会が終わると憲兵はそのまま立ち去っていきました。一人残った「ショウジ」という名前の刑事が「俺はお前の正直さに惚れた。総督閣下も特別にお前のことを心配してくださった。一つ今晩は語り明かそうじゃないか」と言い、旅館にてその夜語り明かしたといいます。これは証拠はないのですが、たぶん、この刑事も朝鮮人ではなかったかと思いますし、憲兵が彼を逮捕しなかったのも、おそらく小磯総督の指示だったのではないでしょうか。

その夜、学徒たちは町中で、興奮も、不安もあり、また韓氏の発言の影響もありかなりあれたり騒いだりしたようですが、総督は、演説中発言した韓雲史氏を始め「みんな許す」と、一切罰することも批判することもありませんでした。韓氏も始末書を書かされましたが、その後、兵士として入隊しました。

黒田氏は、朝鮮人学徒志願兵は4385人、朝鮮半島出身者で靖国神社に祭られている英霊は約2万2千人と紹介し、「筆者(黒田氏)は、かねてこうした元日本軍人たちには、日本人と同じ或いはそれに準ずる配慮をすべきと主張してきた」と述べ、生存する旧軍人に、日本国としての感謝と慰労の意志を示せないものかと主張し、これまでも記事で訴えてきたと述べています。私は、まず、このようなエピソードを、皆様に知っていただくことから始めようかと思います

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