高見順が紹介する、戦時下の庶民の声

以前山田風太郎の「戦中派不戦日記」を紹介したと思いますが、同様の日記に、作家高見順の「敗戦日記」という本が中公文庫から出ています。

その中で、昭和20年7月23日、新聞に載った一庶民からの投書を高見順が紹介していて、これはとても印象的なのでここに記しておきます。

「歯の浮く文字

報道陣や指導者にお願いがある。「神機来る」「待望の決戦」「鉄壁の要塞」等々、何たる我田引水の言であろう。かかる負け惜しみはやめてもらいたい。

もうこんな表現は見るのも聞くのも嫌だ。俺たちはどんな最悪の場合でも動ぜぬ決意をもって日々やっている。もはや、俺たちを安心させるような(その実反対の効果を生む)言葉はやめてくれ。
敵に押されてきたら素直にそれをそれとして表現してもらいたい。そのほうが日本国民をどんなに奮起さすかわからない。狭い日本のことだ、老若男女多少の差はあっても、皆とことんまでぶつかる覚悟だから、見え透いた歯の浮くような言い方はやめてもらいたい。
ある駅前のビラに「神風を起こせ」とあったが、神風は人間が起こすものだろうか。神機神風の文字の乱用戒すべきだ。俺達はもっと慎み深い日本人のはずである。」

「政治家たちも闘え

日本が勝つために我々は永い間困苦に耐えてきた。これから先もどこまでも耐えていく決意をきめている。

それにつけても情けないのは日本の政治家が日本人らしくないことだ。食糧事情において兵器事情において、誰一人としてできなかったことの責任に日本人らしく腹を切った政治家がいないではないか。
「私はかく思う」「切望する」「考慮している」等々、後難除けの言葉は決まっている。我々は最後まで戦う。政治家も日本人らしく戦ってくれ」

これはいずれも庶民の投稿で、高見順は「これこそ真の世論」として引用しています。そして、高見は本書で政府や軍の姿勢に対し様々な的確な批判もしていますが、8月16日には次のように書きつけてもいます。

「私は日本の敗北を願ったものではない。日本の敗北を喜ぶものでもない。日本に、なんと言っても勝ってほしかった。そのため私なりに微力はつくした。いま私の胸は痛恨でいっぱいだ。日本及び日本人への愛情でいっぱいだ。」

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