「春の海」と川端康成

お正月の音楽と言えば宮城道雄作曲「春の海」を思い出す方が多いかと思います。この曲は琴と尺八による名曲ですけれど、フランスの女性バイオリニスト、ルネ・シュメエ(シュメー)が昭和7年の来日時、尺八の部分を編曲、宮城道雄の共演による演奏会が開かれ、録音もされました。

実はこの曲が有名になったのはこの録音によるもののようです。川端康成がこの演奏会を聴き、「化粧と口笛」という短編小説にとても印象的な文章を書いています。

「第二部の幕が上がると、冷たい力学的なグランド・ピアノのかはりに、桐の木目の色も優しい琴がおかれて、宮城道雄作曲の『春の海』、その尺八のメロディをシュメエがヴァイオリンに編曲して、原作者の琴の伴奏で弾くのであった。

フランスの片田舎の8マイルの路を若い女の足で、毎日音楽教師の所へ歩いて通ったといふ世界的音楽家と、、7歳で盲になり、貧し一家を支えるために朝鮮の京城まで落ちて琴の師匠をはじめた時、わずか14であったといふ、日本の天才音楽家と、人種都政の差別を越えて呼び合った芸術が、はからずも今夜、和洋両琴の珍しいアンサンブル、黒門附の羽織袴と黒のドレスのふらりを舞台に見ただけで、感動の拍手が波立つのも当然であった。

曲は、波の音、櫓のきしむ音、飛び交ふ鷗、朗らかな春の海を写したとのことだが、そして彼(小説上の人物)も春の海を心に描いたが、ヴァイオリンから甘い澄み切った音で流れ出、日本のメロディを聴いているうちに、彼は初恋のころの純情を思い出した。ほんたうはそんな少女を見たこともないのに、日本風な少女の幻が浮かんで、彼をさなごころにした。

時にはヴァイオリンが尺八に聞こえ、また時には琴がピアノに聞こえるほど、重奏者の呼吸はぴったりしていた。ルネのたくましい腕の下で、道雄のやせた指の骨は、細い琴糸の上を、神経質な虫のようにふるへていた。

「まるで男と女とアベコベですね」と彼はささやいたが、全くのところ、弾き終わって、花束を受け喝采に答へ、舞台を退く時も、騎士と病める少女とのやうに、フランス女は日本の盲楽人をいたはった。

道雄もさすが喜びはつつみきれず、ものの形はなに一つ見えないで音にばかり耳を澄ませてゐる人に特有の、やはらかい静かな微笑をたたへてゐたが、そこには盲目のはかなさと日本人のつつましさとがただよって、細い手を強い手に取られ、少し前かがみの小さい肩を太い腕に抱へられて、弱弱しく足を運ぶ姿は、見る人の心に、日本の古い琴歌のやうな哀愁をそそった。

しかもルネの男らしさにも、道雄の少女らしさにも、微塵も厭味がなく、高い芸術の心に達した人の、美しい同情の表れなので、聴衆の音楽的感興は二倍にされ、嵐のような歓呼がやまなかった。」

この文章は川端康成の作品中でも最も好きなものなのですが、未読の方は、講談社芸文文庫の川端康成「一草一花」をお勧めします。この小説は収録されていませんが「純粋の声」というエッセイの中に上記の文章が引用されており、また、ノーベル文学賞受賞時の講演、三島由紀夫への追悼文など、川端康成の素晴らしいエッセイを読むことができます。

この曲を有名にし、また、当時の日本で絶賛された女流バイオリニスト、シュメー氏についてはまた明日にでも紹介しましょう(と言ってもほとんど資料は見つからないのですが)

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