韓国大統領選挙が明らかにしたもの

これは「日本の息吹」に書かせていただいた文章です。文在寅政権誕生直後に書いたものなのですでに内容的には古いのですが、もし今回の選挙においても参考になればと思い掲載します。(多少内容を修正しています)

韓国大統領選挙が明らかにしたもの

三浦小太郎(評論家)

 韓国大統領選挙における文在寅大統領の当選は、かっては反共と自由統一を国是としていたはずの、かつ、経済的にも軍事的にも戦後立派な発展を遂げたはずの韓国が、その国の根本をなすべき価値観をいかに易々と解体させてしまったかを如実に明らかにした。

選挙に先立つ2年前2015年、韓国では二本の映画が1200万人以上を動員する大ヒットとなった。この「暗殺」「ベテラン」の二作は、前者は日本統治下の1930年代、独立運動の志士たちが決行するテロ事件をテーマとし、日本に取り入る大物の韓国人が徹底的な悪役として描かれ、彼こそが暗殺の標的となる。後者はならず者の財閥子弟を正義の刑事が罰するというものだ。前者は「親日派」糾弾であり、その子孫が今も韓国でのうのうと生き続けていることへの指弾であり、後者は独占企業体を家族で占有し庶民を苦しめる財閥批判だ。この2作の大ヒットは、朴槿恵糾弾の「ロウソクデモ」に向かった民衆の無意識にかなりの影響を与えたのではないかと私は推測している。

韓国に限らず、一定の資本主義経済が発展し、中産階級が定着した国において、労働者が蜂起する形での共産主義革命の可能性はあり得ない。北朝鮮、そして北朝鮮に従属する韓国内の政治勢力(従北派)は、韓国の経済発展と北朝鮮経済の停滞という現実下、韓国内の標的を、教育界、マスコミ界、法曹界、そして文化面に置き、このような場所に勢力を拡大、そこからの宣伝戦を展開する戦略を選んだ。

その結果、韓国の「民主化」の流れと共に、教育界は全教組という教職員組合、マスコミでは民主化を支持するというハンギョレ新聞など「リベラル派」によって、韓国の歴史を一面的に「抑圧的な軍人独裁政権」による暗黒の歴史とみなす宣伝が行われる。さらに、韓国は朴正煕に代表される「親日派」、つまり日本統治時代のテクノクラートやエリートが生き残り国を支配したが、北朝鮮は抗日闘争を行い、国内には在韓米軍のような他国の軍隊を置かず、少なくとも自主独立の国家としての正統性を持っているというイメージが広められた。

また北朝鮮に比べはるかに成功した韓国経済の現状に対しても、リベラル派を含む多くの知識人は、サムソンに代表される大企業・財閥が富を一族で独占し、労働者や中小企業の権利を無視し、グローバリズムに傾斜して自国の産業を顧みない状態にある、若者の未来には希望がない格差社会になりつつあるというアピールを繰り広げた。もちろん、この批判には一定の理があるだろう。しかし問題なのは、この運動が、現実的な経済改革ではなく、古い左派理念、大企業=悪、労働者=善にのっとり現状を非難することに終始し、なぜかさらに貧しい中で苦しむ北朝鮮民衆の解放には全く関心を持たないことである。今や、経済システムの現実的な改善(独占禁止法の確立とか、雇用創出のための政策など)ではなく、大企業の経営者を人民裁判的に攻撃し、時には国有化まで性急に求める声すら上がっている

ここで忘れてはならないのは「参与連帯」という、従北の姿勢を隠した「市民運動」である。彼らは古いイデオロギー脱却、市民的権利の防衛を原則とし、それこそどこかの国でも以前聞いたような「市民の生活が第一」に近いスローガンを掲げて人々を扇動し、選挙においては保守派に対する「落選運動」というスキャンダル攻撃、そして、李明博大統領時代のロウソクデモに動員した。

この時巧みだったのは、当初は食の安全、アメリカ産の牛肉は狂牛病の恐れがあるというほぼデマに基づく情報で民衆を扇動し、集まった人々にはロウソクを配って、いつの間にか李大統領糾弾集会に誘導してしまった手法である。「生活者、市民の怒り、要求を直接に政府に訴えよう」という理論で人々を惑わし、それを保守政権打倒のために誘導する手法は、今回の朴槿恵大統領を追い落としたロウソクデモでも見事なまでに成功した。同時に、「市民」が自発的に立てたのだから政府には撤去の権利はないという慰安婦像建設はこの論理の最も悪用された例である。この参与連帯の指導者のひとり、曽国が、文在寅政権で民政首席秘書官に任命されたことは象徴的である。

法曹界、時には警察の一部ですら、参与連帯、さらに従北的労働団体民主労組の不法なデモや暴力を伴う過激な運動に対し、裁判所が極めて甘い判決を下したり、警察が取り締まりを躊躇する傾向も見られた。これも弁護士会におけるリベラル派の伸長が大いに影響しており、その極めつけは、法的根拠があるとは思えない今回の朴槿恵大統領に対する弾劾裁判である。韓国においては従北派の宣伝がかなりの範囲で成功したとみなさざるを得ない。

だが、果たしてわが日本は、韓国の現状を笑うことができるのだろうか。教育界は、改善された面もあるとはいえ、いまだに日本の歴史に誇りを持たせるものにはなっていないのが現状である。マスコミも同様、低次元のスキャンダリズムとレッテル貼りの政府批判が幅を利かせている。法曹界は現実の国家の安全保障や社会秩序を無視し、押し付けられ根本的な矛盾のある戦後憲法の法令を振りかざし、しかも改正に反対するものが多数派だ。

そして何よりも、文在寅政権を「生活者の立場の政治」「古い政治からの脱却」「古い保守派政党の堕落にお灸をすえる」などという姿勢から支持した韓国国民を、かって鳩山由紀夫や菅直人の政権を生み出したわが国民が(しかもあの時代のマスコミ報道に易々と誘導された)本当に笑う資格があるのか、もう一度内省する必要がありはしないか。(終)

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