広島の犠牲者に捧げる哀歌 そして自殺した一人の指揮者

広島の犠牲者に捧げる哀歌、という曲があります。ポーランドの作曲家、ペンデレッキの作品です(1960年作曲)。クラシックの現代音楽というと少し退いてしまう人もいるかもしれませんが、ご存知ない方は最初の2,3分でいいから聴いてみてください。本当に人の悲鳴のように聴こえます。

クラシックに詳しい人はご存知でしょうし、また特に知らない方もウィキペディアなどで調べればすぐわかりますが、この曲は特に広島を意識して書かれたものというより、これまで表現されたことのない音楽形式を追求したものでした。

その結果生まれたのは、ナチスとファシズム、ポーランドの悲劇、ソ連をはじめとする共産主義体制の出現とそこでの粛清、そして「反ファシズム」だったはずの連合軍の側による広島・長崎の原爆投下など、それまで欧米が主張していたヒューマニズムが、すでにヨーロッパ自身の手によって崩壊していく過程を表したような、どこにも対話も融和もなくただ様々な音がぶつかり合い叫びあうような世界であり、何の希望も解決もないままただ沈黙に至るような音楽でした。この曲が現代音楽の中でどう位置付けられているかはわかりませんが、私は時々聞き返したくなる作品です。ポーランドという、ナチス、スターリン双方の侵略を受け、民主主義国家からは最初から最後まで見捨てられた国の作曲家からこの曲が生まれたのも、どこか歴史の必然のようにも思えてなりません。

この曲を指揮している東ドイツの指揮者、ヘルベルト・ケーゲルは、マルクス主義の理想を信じつつ、現実の東ドイツ体制には批判的でしたが、東西ドイツ統一後1990年自殺します。なぜ死を選んだのかは本人しかわかりませんが、それまで、東ドイツという東欧でも最も抑圧と監視体制の強かった国で、彼は必死で自分のオーケストラを守り抜いてきました。しかし、ドイツ統一の中で、いわゆる「民主派」(その中には単なる時局便乗の輩も多かったはずです)には旧体制派として批判され、時代の混乱の中で仕事も減り、ドイツ統一が彼にとってはむしろ様々な矛盾を引き起こすものとしか見えない状況下、ついに耐え切れず死を選んだのではないかと私は勝手に推測しています。最晩年には、本人も精神のバランスを崩し家庭も崩壊しつつあったという記事をどこかで読んだこともあるし。

私はある意味、こういう時代に殉じた人というのは、その時々でうまく生き抜くために意見を変えたり、また変えきれずに悩んでいる人を時代遅れとみなす人よりもはるかに人間としては好感を持てるんですね。マルクスの理想を信じ、でも実際の共産党体制の中ではその矛盾や問題点を何とか改めようと努力して生きてきた知識人は、ソ連・東欧にたくさんいたと思います。そして、自分の理想が崩壊し、かつ、心ならずも時代の変化に取り残される中、孤独のうちにこうして死を選んだこの音楽家に対して、私はその思想は別にして、一人の人間として敬意を捧げたいと思います。

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