「記憶の残照の中で」呉文子氏 社会評論社(8月10日発売) に寄稿する光栄に恵まれました。

「記憶の残照の中で」呉文子氏 社会評論社(8月10日発売) に寄稿する光栄に恵まれました。

呉氏は、「楽園の夢破れて」著者であり、北朝鮮帰国事業を最初の段階で告発した関貴星氏の娘で、編集者、文筆家、なたパンソリをはじめとする音楽、舞踊の紹介者として広く活躍されてきました。その著書がこの8月10日発売されるにあたり、私に、「月刊日本」に執筆した、関貴星氏についての文章をぜひ寄稿の形で掲載したいという連絡をいただき、光栄なことなので喜んで許諾させていただきました。

先日呉氏とは拙宅の近くでお会いしたのですが、政治的な立場は大きく違ってはいても、関氏への尊敬の念、またそのほかの在日文化人の業績について、サムルノリについて、いろいろな話題で盛り上がりました。その時は目次を拝見させていただいたこの本が届き、その中で、第一次帰国船が新潟港を旅立つ前夜祭を、呉氏が回想しているシーンで胸が詰まりました。ここは部分的な引用で言葉を尽くすことはできそうにないので、ぜひ本書35ページをお読みいただきたいのですが、呉氏は大合唱団をバックに、心からの感動を込めて「社会主義の祖国・地上の楽園」を讃えて熱唱したのでした。

それがいかに「裏切られた」夢であったとしても、今の私たちが、日本国民であれ在日コリアンであれ、この時に呉氏が抱いたほどの輝かしい夢と理想を、今抱くことができるのだろうか、という問いを、私は考えずにはいられなくなる時があります。確かに、夢や理想はしばしば幻想を生み、最悪の場合はその幻想を夢見た多くの人々を悲惨な運命に導くことを、私たちはすでに歴史にて多く体験しました。しかし同時に、では人間は夢や理想無しで生きていけるのか、もし生きていけるとしても、その生は夢に裏切られた人々に比べてどれだけ気高いものといえるのかという疑問を失ってしまっては、やはりこの世は闇だという思いは私は持ち続けたいと思います。

本書は、両親、夫、そして多くの人々と呉文子氏の出会いと別れを中心に、映画、音楽、舞台、そして「在日民族」としての人生を選択した一人の在日コリアン女性の物語でもあります。そして全編を貫いているのは、夢や理想に裏切られつつも、決して裏切られたことで自らが卑屈になることもニヒリズムに陥ることもなく、夢や理想を生涯純化して心に抱き続けた人間の生きざまでもあります。ぜひご一読をお勧めします。

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