辻元清美氏の「皇室観」について 何をいまさら?

「辻元清美さんは皇室を『生理的に嫌だ。同じ空気を吸いたくない』と書いた」日本維新の会・足立康史氏が攻撃、辻元氏の“言い訳”は

 民進党の辻元清美衆院議員が8日の衆院憲法審査会で、過去に著書で皇室を「生理的にいやだ」などと批判していたことを認め、「一面的だった」と反省の弁を述べた。日本維新の会の足立康史衆院議員が著書を取り上げ、追及した。

 話題に上ったのは、辻元氏が民間国際交流団体「ピースボート」を設立し政界進出する前の昭和62年3月に出版した『清美するで!!新人類が船を出す!』(第三書館)。

 辻元氏は著書で皇室について「生理的にいやだと思わない? ああいう人達というか、ああいうシステム、ああいう一族がいる近くで空気を吸いたくない」「天皇っていうのも、日本がいやだというひとつの理由でしょ」と記していた。
 さらに日本のスポーツ界と関連させて「人生訓とか道徳を押しつけたがる。天皇とあの一族の気持ち悪さに直結している」とし、天皇制を「悪の根源」とまで断じていた。
 足立氏は、天皇制廃止を訴えた辻元氏の過去の発言も挙げ、「こうした発言を繰り返す辻元氏が憲法審査会の幹事なのは適当ではない」と批判した。

 これに対し辻元氏は「30年ほど前、学生時代にご指摘の発言をした」と認めた。その上で「日本国憲法の下、日本は生まれ変わり、戦争放棄の国になった。憲法に規定されている象徴天皇を尊重しなければならない。私は考えが一面的だったと痛感し、深く反省した」と述べ、著書の内容を撤回した

http://www.sankei.com/politics/news/170608/plt1706080022-n2.html

辻元清美氏の天皇陛下に対する発言が話題になっているようですが、個人的には「何をいまさら」という思いでした。辻元氏が元々天皇制廃止論者であることは別に彼女が隠していたわけでもないし、私の記憶では80年代末あたりの朝まで生テレビの同和問題についての番組の中で「私は天皇制がなくならない限り差別はなくならないと思う」という趣旨のことをはっきり言っていました。私は彼女の著作をちゃんと読んだことはないけれど、たぶんそれに近い言葉は散見しているはずだと思う。それはそれで彼女の意見。私がおかしいと思っていたのは、議員になったのちにはその手の発言をほとんどしなくなったことです。これは日本共産党もそうなんですけど、日本の政治の重要なテーマなのだから、議員になるとそれを隠すというのはおかしい。

むしろ、私が意外、というかとんでもないと思ったのは、過去の著作での記述を指摘された際の彼女の発言です。辻元清美WEBから引用します。不公正にならぬよう長めに引用しますよ。

「天皇皇后両陛下は、アジアの歴訪の際、慰霊をされます。このときに、特に私は感銘を受けるのは、日本の、私たちの先人の慰霊だけではなく、現地の人たちの慰霊もされるということです。

昨年、フィリピンを訪問された折に、フィリピンの市民の慰霊を先にされたんです。ちょうど1月27日にフィリピン人の犠牲者の無名戦士の墓を慰霊され、そして1月29日に日本人の戦没者の碑を慰霊されています。そのときに「先の大戦で、フィリピンが日米の戦場となり、多くの市民が犠牲になったことについては、私ども日本人が決して忘れてならないこと」とお述べになりました。私は非常に感銘を受けました。そんなさまざまな、象徴天皇としてのご公務やお務めを拝見するに至り、私は今の天皇皇后両陛下が、象徴天皇のありかたを模索してきたんだというご発言をされたこと、この重みをしっかり受け止めなければいけないと思っています。」
「そんな中で、この日本国憲法の、特に平和主義の理念を体現するんだ、という私は強い決意を両陛下から感じております。
戦争という壮絶な体験のもと、天皇皇后両陛下をはじめとする先人達が、どんな思いで、どんな戦後を作ろうとしてきたのか、私は自分の祖父の戦死から、さまざまなことを考えてきましたけれども、多角的な目を持って、私たちは象徴天皇制についてのありかたを議論しなければならないなあと思っております。
そして、あまたの犠牲から生まれた日本国憲法の価値をしっかり次世代に受け継いでいくというような思いも、私は今の天皇皇后両陛下から感じております。」(6月8日辻元清美発言)

不公正にならないように長めに引用しました。辻元氏が議員になってから考え方が変わり、天皇皇后両陛下を尊敬するようになった、というのならばそれはそれで認めましょう。ただし、この文章を読む限り、彼女が行っているのは最も悪質な天皇陛下の政治利用です。これならば、かっての辻元氏の、天皇制反対のほうがはるかに論旨は明確に通っている。実はこの手の言説がこれから、憲法9条を擁護しようという人たちによってしばしば行われそうなので、ちょっと私見を一言言っておきます。

私は皇室伝統について深く勉強した人間ではありません。しかし、常識の問題として申します。天皇陛下が戦没者にお祈りをささげるとき、それは神と御霊に向かって祈られているのですよ。そして正しい意味での八紘一宇のお立場から、ルソンにおいて祈りをささげられるときは、フィリピンの方々の御霊にも深く鎮魂をお祈りされています。その陛下のお姿を、「日本国憲法の、特に平和主義の理念を体現するんだ、という強い決意」などという、一つの政治的立場に結び付けて政治的に利用しようとする、このようなことは絶対にやってはいけないのです。陛下の御言葉を政治的に自分の立場に利用しようとするものは左右いずれであれ政治家として批判されなければなりません。

私は戦後の象徴天皇制に疑問を持っている人間ですが、それはそれとして、辻元氏が「象徴天皇制」を高く評価し今上陛下を尊敬されるのならば、その「象徴」は日本国民全体の象徴であるはずです。平和憲法を守ろうとする人たちだけの天皇陛下でもなければ、もちろん、改憲派、憲法無効論者だけの天皇陛下でもない。そのような政治的な対立を一切超越した存在でない限り、国民の団結の象徴である存在にはなれないのです。辻元氏が憲法9条を擁護し戦後平和主義を守るための運動をすることは自由です。しかし、そのために陛下を利用するようなことはしてはならない。それこそ、象徴天皇制を危機に陥らせることです。議員なんだからさ、そういうことは知っておかんといかんでしょうが。

さらに余計なことを言っておきますと、フィリピン無名戦士のお墓には「第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ヴィエトナム戦争に従事したフィリピン国籍の軍人」が埋葬されているんですけど、辻元氏は朝鮮戦争の時に韓国側に立って戦い戦死した兵士についてどのようなご意見をお持ちでしょうか。私は、今の韓国と日本の関係がどうあれ、彼らは自国を守ると同時に日本と東アジアを守ってくれた英霊たちだと考えています。だからこそ、この墓地には朴正煕大統領から送られた感謝の記念碑もある。そういうこともあまり知られていないので一応書いておきます。そして、無名戦士といっても要するに戦場に斃れた兵士たちですよ(一部政治家も含まれているようですが)。それを素直に評価されるのなら、辻元氏は靖国神社のことも当然認めないといけません。フィリピンは戦没者を祭り政治家が訪れ祈りを捧げても構わないが、日本ではいけない、というのなら、それこそ日本人への差別ではないですか

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One Response to “辻元清美氏の「皇室観」について 何をいまさら?”

  1. 小沼堅司 より:
    よくぞ重要な視点を明示されました。御礼。

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