今年はロシア革命100周年

先日佐藤和夫さんの会で講演らしきものをさせていただきましたが、内容は、楊海英氏「チベットに舞う日本刀」(文藝春秋)「墓標なき草原」(岩波書店)ジョン・アベドン「雪の国からの亡命―チベットとダライ・ラマ半世紀の証言」(地湧社)等からの読みかじりで別に新しいことやオリジナルは何もなく、あまりご期待に沿えなかったかもと思いますが、上記本をお読みでない方には紹介がわりにはなったかと思います。ぜひこれらの著書に直接あたっていただければ、私の話よりもはるかに得るところは大きく、かつ深いでしょう。講演やネットは、あくまで原典にあたるためのきっかけと思っていただければと考えます。

ただこれだけは言いたかったことを書いておきますと、去年は文化大革命勃発50周年(今年はある意味文革のピークでもある上海コミューン50周年)。さらに言ってしまえば、ロシア革命100周年。この100年間が明らかにしたことって、共産主義がいかに人類に対し災厄だったかってことじゃないですか。資本主義にいろいろ問題があるというのは言うまでもないです。ただし、政治犯収容所、飢餓と大量餓死、文化大革命、虐殺、他国への主権侵害と侵略…これってソ連、中国、カンボジア、北朝鮮・・・がやったことそのものです。彼らは真の共産主義ではない、というのは理屈としてはいいですけど、じゃあ真の共産主義ってどこにあるのかってことになります。

勝田吉太郎先生(かってに師匠にしていますが)が60年代から継続的に行ってきたソ連批判、マルクス主義批判に私は大きな影響を受けました。その勝田氏が、ソ連崩壊直後、朝まで生テレビに出演し、そこでロシアの留学生たちも客席に何人も来ていましたが、あの回だけは見てよかったと思う放送でした。そこで留学生たちが、ソ連で研究をしようと思えば共産党に入るしかなかったが、自分たちはレーニンに始まるロシア共産主義の歴史を、偉大なロシア民族の恥だと思っている、とはっきり述べていました。

その学生はそドストエフスキーを引用し「どんな素晴らしい目的のためにも、その実現のために一人の弱い少女が涙を流すような犠牲を強いられるのなら、その目的はやめた方がいい、というドストエフスキーの言葉がありますが、ロシアでは一人の少女どころか(共産主義革命という目的のために)あまりにも多くの人々の血が流されたのです」と語っていたときに、勝田氏が深くうなづいておられたのが印象的でした。

今、スターリンがある種大国ロシアをもたらしたと一部ではあれ礼賛されているロシアで、あのような学生たちがどういう人生を送っているのかはわかりませんが、共産主義体制が何を人類にもたらしたのか、このロシア革命100周年の年にこそ、マスコミがちょっと特集してくれると嬉しいのですが、たぶんしてくれないでしょうねえ・・・非力ながら、私なりにロシア革命について学び直したいと思います

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