ジョージ・ガーシュイン没後70周年、「ラプソディ・イン・ブルー」はやっぱり名曲

今年はジョージ・ガーシュイン没後70周年。ジャズの名曲を数多く生み出したことは言うまでもないのですが、個人的には「ラプソディ・イン・ブルー」が最近ますます好きになってきています。好きというのに別に理由はないのですが、この曲、クラシックとジャズの融合(クロスオーヴァー)と見れば、数少ない成功例じゃないでしょうかね。私は2枚CDを持っていて、一枚はレナード・バーンスタインがロサンジェルス・フィルハーモニーと演奏したもの、もう一つはガーシュイン自身がポール・ホワイトマン楽団と演奏したものですけど、その日の気分によってどちらかを聴きますが、いずれも本当に聴きあきない。他にも今は持っていませんけど、テイルソン・トーマスの録音も素晴らしかったと思うし、確か最初に買ったレコードはオーマンディがフィラデルフィア管弦楽団と演奏し、ピアノはフィリップ・アントルモンだったと思いますが、あれも最初にこの曲を聴いたという点では想い出のレコード・まあ、曲自体が好きですから、基本的には楽しんで聴けます

ガーシュイン自身の演奏は、ホワイトマン楽団もそうですけど、とにかく「粋だねえ」としか言いようがない。ピアノは軽やかで、綺麗なメロディも、ちょっと独特のブルースというか苦み走ったメロディも、どっちもさらりと弾きこなすので、逆に余韻が残ります。録音が古いといっても、それはそれで、サイレント映画と「華麗なるぎゃっぴー」時代のアメリカの空気が伝わってくると思えば味わいがある。まあ、今の耳で聴けば、ジャズといっても、同時代のエリントン楽団やベイシー楽団に比べたら物足りないというか、楽譜通りに演奏していてリズム感も弱いかもしれない。でも、この音の感覚って、その後グレン・ミラーに発展して行ったり、また、スイート・サウンズに洗練されていったり、やはりアメリカ白人ジャズの原点としてちゃんと評価されるべきと思います。これは日本の初期ジャズのサウンドとすごく共通性があると思う。

バーンスタインのは、ちょっと聴くと別の曲の様に、もうリズムは重く崩すし、メロディは遅いテンポで歌いまくるし、時々はちょっとくどくなるほど。(マーラー聴いているような気分にちょっと近い)しかし、バーンスタインとこの曲って、どんなに強引な解釈をしてもどこか通じ合っているような気がする。ジャズやロック、ブルースの魅力をアメリカ人として体感しつつ、クラシック指揮者としては19世紀以後のロマン派指揮者の豪快さと主観的な解釈をつらぬいたバーンスタインにとって、ユダヤ人という共通性と共に、ジャズとクラシックの垣根を祓おうとしたこの曲へのガーシュインの姿勢とは深いところで共通性があるはずです。これはこれでまた名曲名演。

小澤征爾がマーカス・ロバーツ・トリオと演奏したものなど、まだまだこの曲の名演は多いでしょう。とにかくメロディがどんどん浮かんでくるこの天才作曲家が、アメリカでしか生みだしえない形でのオーケストラとピアノによるこの名曲を作り出し、しかも、この題名、コピーライトとしても傑作ではないでしょうか。ガーシュインはもちろんですが、オーケストラに編曲したグローフェの功績も、初演したホワイトマンの偉業も歴史に残る。

ガーシュインが少年時代、最初に好きになった音楽が、ドヴォルザークの「ユーモレスク」だったというのも興味深い。ドヴォルザークがアメリカで作曲した交響曲「新世界より」が、黒人霊歌やアメリカ民商を素材にしているというのは果たして本当かどうかわからないけど、少なくともチェコの民族音楽を愛していたドヴォルザークが、アメリカの音楽家は、まず自国の音楽にその原点を置くべきだと言った事は事実らしい。その意味で、ドヴォルザークのもっとも望んでいた音楽家はこのガーシュインだったのかもしれないし。ドヴォルザークがもしもこの曲を聴いたら感動したんじゃないだろうか。

ガーシュインとは違う意味で、ジャズ・ミュージシャンが、クラシック音楽を徹底的に自分のものにして成功した作品は、やはりマイルスの「スケッチ・オブ・スペイン」だと思う。そのマイルスがガーシュインのオペラ「ポーギーとベス」に取り組んだアルバム、しばらく聞いていなかったけど、マイルス研究家の故中山康樹氏が絶賛していた。今度またじっくり聞き直してみようかな

これはYOUTUBEで見つけた演奏ですがこれもなかなかいい

ピアノソロで聴くとまた別の魅力が出てきますね。

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