筒井康隆氏の魅力と本質は反ヒューマニズム

筒井康隆氏のツイッターかな、話題になっている。下品と言っちゃ下品だし、ここでも引用は控えますけど、筒井の読者なら「ああまたやってますな」というって笑い飛ばすのが一般でしょう。そもそも、差別的発言や下品な言葉をもし否定するなら筒井作品はごく一部の例外を除いて存在しえない。

もともとSF小説って基本は反ヒューマニズム。人間が滅んだって科学的法則は永遠である、というニヒリズムが根本にある。それと、あえて言えばオカルト的な妄想や、偽史伝説とも決して無縁ではない。SFの元祖というべきウエルズの「タイム・マシン」だって、正直相当に病んだ小説ですよ(これは褒めてるんですよ。ウエルズは社会的な発言をするときはリベラリストだったかもしれないけど、小説には黒々としたニヒリズムが満ちていて、そこが魅力)19世紀に頂点に達した進歩と未来への希望、社会の矛盾は解決できるという思想を、根本から疑った地点から生まれたのがSFだと、私は勝手に思い込んでいます。

戦後日本のSF作家の中で、筒井氏はこの反ヒューマニズムとしてのSFをかけた数少ない日本の作家で、「幻想の未来」という作品は、ウエルズの「タイム・マシン」をさらに過激に書き直し、そのラストでは人類滅亡を荒涼たる破滅のイメージで描いたウエルズとは異なり、自然そのものが語り合うようなある種のアニミズム的ユートピアと描いたのが、ある意味西欧と東洋の違いすら思わせる傑作。実は、この反ヒューマニズムという地点から見ると、三島由紀夫の「美しい星」も科学的根拠はともかく素晴らしいSF小説で、核兵器をここまで思想的に「美しく」描いた作品はない。

ただ、一方で筒井氏は、ヒューマニズム的な性善説とは無縁の、人間のグロテスクな欲望や雑駁さの中にある活力に対してはとても深い愛情があって、それが差別的、露悪的な形で裏返しの人間愛として表現されることがある。今回のツイッターもそんな一面が出ただけのこと。政治家や官僚は発言に気を付けるべきだろうが、ブラックユーモアと反ヒューマニズムが売り物の小説家の言葉に過剰反応しても仕方がない。「農協 月へ行く」を職業差別の小説と思う人は文学を読む力のない人です。私は反ユダヤ主義とかは大嫌いだけど、反ユダヤ主義小説家セリーヌの小説や政治パンフレットは一つの作品として読むことができる。ドストエフスキーだって、その晩年の政治思想は文面だけを読めば大ロシア帝国万歳だし戦争賛美。でも、そのような表現をせざるを得なかった彼の思想的な問題は読み取るべきものがあるわけだし。この機会に「虚構船団」読み直してみようかなあ。ずいぶん前に読んだ時、ブラントの「阿保船」がついにここまで来たか、というような読後感がありました。

これは貴重な記録!


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