石原慎太郎氏が「生きながら死んでいた」元特攻隊員について書いた文章

「現代青年への提言」(昭和42年)現在「石原慎太郎の思想と行為 第一巻 政治との格闘」(産経新聞出版)収録

(前略)昨年(昭和41年)の春、鹿児島へ旅行した時、私は戦争中、陸軍特攻隊の基地のあった知覧市を訪れた。その町でかって、若い特攻隊員をわが子のように世話をした特攻隊員の母と言われた鳥浜トメという老婆を介して、20余年前、死すべくこの地を飛び立っていった若者たちの挿話を拾って歩いたのだが、その中で最も私の心に残ったのは、蛍になって還ると約束した言葉の通り、南の島で特攻自爆を遂げた頃合いの夕刻に、トメ女の家の裏庭の夕顔の花の下から、季節には珍しく灯をともした一匹の大きな蛍となって飛び立ち漂ったという隊員の悲しく美しい物語や、敗戦後も雨の降るたび、飛行場跡に燃えていた鬼火の話などではなく、N少尉という、二度飛び立ちながらエンジンの故障で二度引き返し、三度目の突撃を待ちながら敗戦を迎えて死にそびれ生き残った特攻隊員の話だった。

N少尉は出撃前、基地に奉仕に来ていた一人の少女と愛しあい契って結ばれ、彼女の親たちも、軍神の妻たることを誇りをもって娘に許した。最初の出撃の前日、少尉は彼女の一族と、行きながらの軍神と水盃を交わして別れた。そして、故障による帰還を彼は彼女たちに報せることなく、自らの死を待ち願いながら敗戦を迎えてしまったのだ。

生きて還ったN少尉を、水盃で送り出し仏壇に祭っていた一族は驚いて迎え直し、彼は後に正式に彼女と結婚し、その土地に居ついて新しい商売を始めたが、死なずに帰ってきた軍神と妻や家族たちとの間はなぜかうまくいかず、その後長らく彼は不幸な結婚生活を送ったという。(中略)

(戦後、特攻隊が愚かな無駄死にのように言われていた時代)人々が周りの目を怖れる中で、かって彼ら若者の母であったトメ女だけが彼岸と盆に飛行場跡に花と線香をもって詣でると、人気ない荒廃した飛行場跡に、一人N少尉が足元に花と線香を置き、いつもぽつんと終日座ったまま動かずにいたという。たがいに気づかい言葉を交わすことのないまま、二人きりの供養は、やがてさらに時移って、犬死とされた若者たちが、ふたたび護国の軍神として復権し特攻隊員として祭られるまでつづいた。

「死んでいった人たちの気持ちは、私もわかってあげられるような気がしますが、Nさんの気持ちだけは、他の誰にもわかりますまい。」と、トメ女はつぶやくようにいった。たしかに彼女の言葉の通りだろう。N少尉の疎外は他の誰によっても救われまい。かって、情熱をかけて愛し合い契った女にさえも。

N少尉の孤独のうちに、私はいわば完ぺきな挫折と疎外と絶望を見ることができると思う。彼の挫折は、一生、何によっても償いきれるものではない。かって祖国のためと自覚し、行きながら死に、そのあげく、死にながら生き残ってしまった人間にとっては、死んでいった仲間たちがどれほど幸福なものに見えただろうか。敗戦という挫折によって獲ち得られることのできた生命が、彼にとってどれほど無意味なものに感じられただろう。死にながら生き残ってしまった特攻隊員は、軍神にもなれず、死人ですらなく、Nという一人きりの挫折者でしかない。戦いの終わってしまった後、突撃のやり直しはきかず、彼にできることはその挫折感を永久に、独りきりで飛行場跡の土の上で噛みしめ耐えるしかないのだ。(後略)

以上は石原慎太郎氏の書いた文章の中で最も私が好きなもののひとつ。この文章自体は、ノーマン・メイラーの言葉を巧みに引用しつつ、若い世代の政治参加や現状打破の意志を呼び掛けたものですが、中間部に引用されたこのエピソードが、その中では全く浮いた形で記されています。もちろん全体の文章の中では、挫折とか疎外とかはこれくらいの体験を言うもので、今の私たちが安易に使うべき言葉ではない、我々にはできることはもっとたくさんあるはずだという文脈で引用されているのですが、読後感は、むしろこの文章だけが異様に心に残るように思えます。

ここでのN少尉は、いかなる政治も、国家も、また革命運動も、決して救済することのできない存在として、逆に戦前の大日本帝国の理想も、戦後民主主義の理想も、いや、すべての政治的価値観や権力を無化する「絶対者」として位置づけられています。彼を救うもの、表すものがあるとしたら、それは宗教であったり、芸術であるしかなく、まさに聖書の「一匹と九九匹」の教えこそが、このような存在にこたえられるものでしょう。福田恒存が述べたように、このような人を決して忘れない所に文学の意義がある。「九十九匹を救えても、残りの一匹においてその無力を暴露するならば、政治とはいったいなにものであるか。イエスはそう反問している。(中略)もし文学も、いや、文学にしてなおこの失せたる一匹を無視するとしたならば、その一匹はいったいなにによって救われようか。」(福田恆存 「一匹と九十九匹と」)石原慎太郎という人は、その文学者としての面と政治家としての面に終生引き裂かれて生きてきた人ではないかと思いますが、この文少には彼のその本質が最もよく表れたものではないでしょうか。

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