金正男への変な幻想はやめたほうがいい 

金正男は「壁のない平和な世界を望んでいた」
マレーシアで毒殺された金正男(キム・ジョンナム)氏への独占取材を重ねてきた東京新聞の五味洋治編集委員が2月17日、東京・有楽町の日本外国特派員協会(FCCJ)で記者会見を開いた。五味氏は冒頭、「個人的にも非常にショックを受けている」と現在の心境を述べた。
そして、自らの命を失うリスクを背負いながら、3代世襲など北朝鮮の体制を批判してきた金氏について、「今私が彼を称賛したいのは彼の勇気」と故人を偲び、「できれば彼の言葉をより多くの人に知ってもらい、現在の北朝鮮を変えていく力につながればいいと希望している」と述べた。(中略)
金正男氏が後継者候補だったことはあるのだろうか。この点について、筆者が会見で五味氏に問うと、五味氏は「正男氏は9歳からスイス・ジュネーブに留学していたが、20歳でいったん帰国した」と説明。1990年代前半に父の金正日氏と一緒に北朝鮮全土を歩き回り、経済的な開発状況を視察したという。

しかし、「欧州で見てきた社会の在り方と北朝鮮の社会の在り方があまりにも違うため、意見が合わずに仲たがいし、彼の生活は荒れ、最終的に北朝鮮を去ることになったと聞いている」(五味氏)。「この話からして、一時的にせよ、父親から後継者としてみられていたと私は判断している」と述べた。

金正男氏の主張について、五味氏は「簡単に要約すれば北朝鮮の体制に批判的だった」と説明。「権力の世襲は社会主義体制とは合わず、指導者は民主的な方法で選ばれるべきだと言っていた。北朝鮮は中国式の経済の改革開放しか生きる道はないと言っていた」と話した。そのうえで、「この発言を報道したり、本にしたりすることで彼が暗殺されたと皆さまが考えるのであれば、むしろこういう発言で1人の人間を抹殺するというそちらの方法にこそ焦点が当てられるべきだ」と強調した。

五味氏は一番記憶に残っている正男氏の言葉を次のように紹介した。金正男氏は少なくとも5回来日したとみられているが、正男氏は東京の高級な飲食店で酒を飲むのが好きだと話していたという。「(正男氏は)『そこには韓国系、北朝鮮系、一般の日本人もいて、一緒に歌を歌い、酒を飲んで、楽しんでいた。いつかこういう風に世界の壁がなくなればいいと思ったものです』と話していた。私は今、日本の外交関係の記事を書くことがあるが、時々彼のこの言葉を思い出しながら書いている」。

http://toyokeizai.net/articles/-/159190

私は、たった一度だけお会いして短い時間言葉を交わしたジャーナリストの方が、その数週間後、ミャンマーで殺害された思い出があります。その時の何とも言えないショックは忘れられません。ですから、長く意見やメールを交わし、好ましい印象を持った金正男に対して、五味氏が深い哀悼の意を示すのはよくわかりますし、その悲しみも真摯なものであると思います。そして、おそらくここ数年間、いつ殺されるかもわからない恐怖の中にいただろう金正男の心情を思えば、私とて気の毒に思う気持ちがないわけではありません。

さらに、これは私の個人的な意見ですが、ここで五味氏はかなり戦略的に言葉を選びつ、、平和裏に国際社会を動かし、北朝鮮問題を解決するための視点を提示しようとされているようにも読めます。

しかし、以上の点を認めたうえで、私はこういう記事の書き方を観るとどうにも違和感を感じてしまいます。勇気をもって北朝鮮の実態を告発したのは、金正男一人ではありません。少なくとも私が北朝鮮の実態を知ったのは、「凍土の共和国」であり、韓国に亡命した脱北者の手記でした。そして、この日本で、少数ではありますが自らの帰国者家族の悲劇を訴えた在日コリアンの声でした。

そして、金正男が、彼なりに疑問を持ったとはいえロイヤルファミリーとして北朝鮮で生活していたとき、日本の酒場で楽しく過ごしていたときに、北朝鮮の収容所で、拷問や強制労働ののち殺されていった「政治犯」、そして悪政による90年代飢餓の時代に餓死した無数の北朝鮮民衆こそが、「平和と壁」のない世界を金正男よりはるかに願い、そして必要としていたのではないでしょうか。

たとえその事態を知ったとしても、金正男個人はどうすることもできなかった、ということはおそらく事実です。北朝鮮の、相互密告システムに基づく全体主義体制と、それが必然的にもたらす政治犯収容所を頂点とした人権弾圧、さらにはその体制を維持し、韓国を北朝鮮優位の形で統一するという国家目的が必然的にもたらす核武装は、個人の力で変えられるものではありません。「平和と壁のない世界」を本当に作り出すためには、まずこの体制を何とかしなければどうにもならないことは、五味氏ほどのジャーナリストならば私よりはるかにわかっておられることと思います。

最後に付け加えておきますが、私は平和な世界は望んでおりますが、壁のない世界は必ずしも望んではいません。その壁が完全に人々を隔ててしまったり、壁が人間にのしかかって押しつぶし自由や生命を奪うことには反対ですが、一定の「壁」の存在は、個人にとっても国家にとっても「平和」のためにはむしろ必要な時があると考えております。

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