金正男の暗殺 すべての「親中派」抹殺の意志

多少失礼な連想かもしれませんが、最初に思ったのは、「李氏朝鮮の時代に北朝鮮は戻ったのだな」という思いでした。しかし、金正男氏が殺害されたことはもちろんひどい話なのですが、労働党幹部にせよ金正男氏にせよ、やはり特権階級であることに違いはありません。多くの罪もない民衆が誤った政策により餓死したり、収容所で殺されたり、脱北してもこの寒さの中で死んでいくことは、ほとんど報じられることもなく見捨てられていきます。そのことを、報道関係者の方々は、決して忘れずに報じてほしいと思います。

私は金正男や、これは韓国で病気で亡くなった黄長燁氏などについてあまりいい感情を持っていませんでした。彼らは金正日や金正恩よりは「開明的」な人間であり、だからこそ北朝鮮ににはいれなくなったのかもしれませんが(その継承者というべきチャンソンテクは処刑)、民衆の苦しみや弾圧への痛みとは全く無縁な人々に思え、かつ、彼らの発想は要するに親中国であり、中国的な改革開放を北朝鮮に上からもたらすことしか考えておらず、さらに言えば、中国の従属国となることをも肯定しているように(最後に黄長燁が来日した時の講演はほとんどそれに近いものでした)感じられたのです。いまチベットやウイグル、南モンゴルで起きていることを思えば、到底私には受け入れられる意見ではありませんでした。

しかし、ある日本在住の脱北者が、中国でひどい扱いを受けたことは認めたうえで、今の北朝鮮は、とりあえず中国が支配して改革開放だけでもしてほしい、というのを聴いたとき、今の北朝鮮を内部から改革すること、民衆が立ち上がって独裁政権を倒すことなどが到底無理ならば、たとえ中国支配下でもそれはそれで今よりはいい、という、絶望的な立場からの願望として、中国程度の自由と豊かさがほしい、という意味として、中国の支配をも望んでしまうような心理が、現在の苦境にある北朝鮮民衆の中には一定程度あるのだろうなと思いました。こうして「親中派」もしくは金正男のように、中国が利用しそうな人間をことごとく抹殺しようとしている金正恩の姿は、そのような民衆の意志に対する逆の反映なのかもしれません。

今日、ある日本在住の脱北者から来たメールには次のように書かれていました。

「昨日金正男が殺害されたニュースを見て私はこの人が今まで生きていた事自体が信じられなかったです
これが北の現実です
日本では考えられないのではないでしょうか?」(三浦)
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