オーウエルによる「進歩派知識人」批判 「ウエルズ・ヒトラー・世界国家」

「オーウェル評論集」全4巻(平凡社ライブラリー)は、おおよそ政治運動に興味のある人は絶対にもっているべき本だと思います。彼の小説の最高傑作「動物農場」、そしてルポ「カタロニア讃歌」ももちろん素晴らしい作品ですけど、真の意味でのリベラル「左派」だったオーウェルの政治評論、文学評論、そしてエッセイはこの4冊に凝縮されている。
オーウェルは1950年に亡くなっているから、その文章の中には政治的な予測の面では古くなってしまったこともあるし、もちろん当時の情報に限定された部分もあります。しかしそんなこととは関係なく、彼がいかに世界の本質をよく見抜いていたかは、現在でも通用する次のような言葉で明らかです。

これは第二次世界大戦中に書かれた文章です。

「(作家H・G・ウエルズの平和主義に対し)『世界国家』が望まれると指摘してみたところで、それがどうなるというのか。五大列強のどこもそんなものに従おうとは思わないだろうという事が重要なのだ。過去数十年の間の分別のある人は、事実上、ウェルズ氏と同意見だった。しかし、分別のある人間が権力を握っているわけではなく、またあいにくたいていの場合、そうした人間は自分を犠牲にする気もないのである。ヒトラーは犯罪的な狂人に違いないが、そのヒトラーは数百万の兵士、数千の飛行機、数万の戦車を備えた軍隊を握っているのである。世界の再建だとか、平和だとかいう前に、まずヒトラーを打倒しなければならない。」

「この一年間、イギリスが何とか踏みとどまってこられたのはどうしてか。よりよい未来に漠然と思いをはせて、という事も少しはあるだろうが、しかし何よりも、愛国心という古色蒼然たる勘定、つまり自分たちが外国人よりも優れているのだというイギリス国民にしみ込んだ感情のおかげなのだ。過去20年間というもの、イギリスの左翼知識人たちが一番狙っていたのはこうした感情を叩き潰すことだった。それがうまく言っていたら、今頃はロンドンの街路をナチス親衛隊がパトロールする姿がおがめたかもしれない。同様に、ロシア人がドイツ軍の侵入に対し、それこそ猛虎のごとく戦っているのはなぜなのか。かすかに記憶に残っているユートピア社会主義のため、という事も少しはあるのかもしれないが、しかし何よりもそれは「聖なるロシア」を守るためなのである。」

「世界を実際に形造っているエネルギーは、民族の誇り、指導者崇拝、信仰心、好戦感情といった感情から発しているのに、それを進歩的知識人たちは、時代錯誤的な感情として頭から否定してしまう。たいていの場合、彼らは自分の中にあったそのような感情を跡形もなく圧殺してしまったので、行動する力をすっかりなくしてしまったのである。」(オーウェル「ウエルズ・ヒトラー・世界国家」)

オーウェルは同時に、「ナショナリズム覚書」という評論の中で、ここで上げたようなナショナリズムや愛国心の危険性をも緻密に描き批判的に考察しています。しかし同時に、このような感情を無視したり、遅れたものとして簡単に乗り越えたつもりになっている知識人の欺瞞と現実への無知、そこに内在する大衆蔑視をも厳しく見抜いていたのでした。「動物農場」は確かに名作ですが、この評論集、本当に手元に置いておいて損はないですよ。読み返すたびに、自分自身の偏見や、党派的な思考が解きほぐされていくことを感じます。

勿論、ウエルズの作家としての偉大さはオーゥエルは充分認めています。特に、ウェルズの科学への啓蒙やそのSF小説が、オーウェルの世代にいかに開放感を与えたか、イギリス社会の権威主義や因習に風穴を開けたかを語る彼の文章も興味深い。私見ですが、ウエルズは、いわゆる「戦後民主主義」「世界市民」的な理念のほとんどをすでに予見していました。それに基づく世界国家のあり方を「新世界秩序」と名付けたと思いますが、この言葉を最初に使ったのももしかしたらウエルズじゃないのかな?イギリスの階級社会や権威主義を理性の面から批判し改革しようとしたのも、第一次世界大戦の悲劇から「世界国家の樹立」「国家主権を乗り越えた価値観」を指向したのも、歴史的な役割としては確かに重要なことだったのでしょう。しかし、逆に世の中の矛盾、人間の暴力性、国家と大衆の暴走の危険性などをしっかり認識していながら、その解決策としては、「理性」「理念」が世界支配し管理できる、しなければならないと考えてしまったのが、ウエルズの根本的な過ちだったのではないでしょうか。日本の戦後進歩派知識人、平和主義の多くは、このウエルズと極めて共通するもの(長所も弱点も)を持っているように思えます。

その意味で、シールズ運動が起きた時、彼らの言説は水で薄めた(失礼)ウエルズ、それこそ戦後民主主義への先祖返りのように感じました。そして、彼らが読んでいないとは言いませんけど、彼らにいつかオーウエルに出会ってほしいと思いました。それでこそ、平和運動は本物になりますから。これも全然冗談ではなく、オーウエル的な「左派」こそ今世界は必要としています。

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