舩木信之さん(民社人権会議幹事)がお亡くなりになりました。

数日前、ご親族の方からのお手紙で知らされましたが、旧民社党系の運動家で、私もいくつかの集会で大変お世話になりました、船木信之様が昨年お亡くなりになりました。舩木さんは、民社党解党後も民社人権会議など、様々な組織で活動を続け、民社党の、というより民主社会主義の精神を政治の場で残していく志を持ちづけておられた方のお一人でした。

もちろん、特に民社党系ではない私が舩木さんについてあれこれ語るのは越権の限りと思いますが、船木さんとは、もう10年以上前になりますが、北朝鮮の人権問題について国際会議を東京で開催した折、荒木和博さん(当時は救う会事務局)が、ボランテイアとして民社人権会議をよんでいただいたときにお会いしたのが初めてだったと思います。その後、それほどしばしばお会いしたわけではないのですが、いくつかの集会では常にボランテイアとしてご協力いただきましたし、学習会でもしばしばお会いいたしました。

舩木さんで今もはっきりと覚えているのは、東日本大震災の年、東京でアジアの民主化を促進する集会を開催した時にボランテイアで参加してくださったときに交わした言葉です。舩木さんは、この日本が、たとえ震災の悲劇に見舞われたとはいえ、国際的な問題から目を背けたり内向きになってしまってはいけない、こんな時だからこそ、国内の復興と同時に、ウイグルやチベットなどアジアで弾圧されている民族を救おうというメッセージを出していかなければいけないといっておられました。集会そのものは充分な成功とは言えなかったかもしれませんが、そのような志を持って参加してくださった方々のお気持ちを代弁するお言葉だったと思います。

旧民社系の方々が、今後しのぶ会などをされることと思いますが、私も個人的な思いをここに書かせていただきました。

舩木さん、いろいろとお世話になりました。
民主社会主義の理念は、今後日本で、いや、世界でますます必要になると思います。舩木さんたちの志は、昔の民社党へのノスタルジーなどではなく、未来につながるものでした。
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