「写真で綴る北朝鮮帰国事業の記録 帰国者九万三千余名 最後の別れ」小島晴則著(高木書房 )発売。数百枚の写真に、日本に残した最後の笑顔が刻まれています

「写真で綴る北朝鮮帰国事業の記録 帰国者九万三千余名 最後の別れ」小島晴則著(高木書房)アマゾンなどで明日10日発売です。

本書は、1959年12月14日の北朝鮮帰国事業の始まりから、新潟で帰国協力会の一員としてこの事業に協力していた小島晴則氏が、新潟で写した数百枚の写真をもとに編集されたものです。写真には、船に乗り込む人々、見送る人々の姿が歴史の証言として残されています。この時、希望に満ちた表情で船に乗り込んでいった人たちは、北朝鮮の闇の中に消えていき、その後の運命は多くの場合苦難に満ちたものでした。彼らが日本に残した最後の姿を、ぜひ皆様にも見ていただきたいと思います。

写真には、当時著名な歌手だった永田弦次郎氏、またマンホール画家といわれた 曹良奎氏、そして帰国船を見送る作家金達寿氏など、多彩な人々の姿が映し出されています。また、帰国したのちも、長期間にわたって小島氏と手紙のやり取りをした人たちの証言も収められています。帰国事業当時、多くの帰国者たちは、一部の例外を除いて、感動と希望に溢れているようにみえます。北朝鮮の闇に消えていった人たちの、これが日本に残した最後の笑顔だったのでした。 曹良奎氏については、私は短い文章を表現者次号(3月号、2月16日発売予定)に書かせていただきましたが、彼は1945年の敗戦の年を韓国で迎え、その後は左翼思想の影響を受け、48年、済州島事件の年に日本に密航、いくつかのすぐれた作品を発表したのち、北朝鮮に「帰国」、そのまま行方知れずになってしまいました。彼の画集も、いつか再発行してくれる方がいるといいのですが・・・・

帰国事業はどれだけの悲劇をもたらしたのかは、いまさら言う必要もないでしょう。ただ、このように自由民主主義の国から共産主義体制の国に、9万人を超える人々が渡っていったという事実は、人類史上、私はこれが最初で最後だろうと思います。この現代史の記録は、当然日本の歴史教科書にも記されるべきものであり、この写真集が何よりも、帰国者たちの姿を記録としてとどめることができた意義は大きいはずです。私はこの本の出版に多少関わりましたが、今回も多くの人に贈呈させていただき、たくさんの温かいお言葉を戴くことができました。正直、私の書いたものなど歴史に残るものはないことは自分でよくわかっておりますが、この本の発行に関わったことは多少自慢できることと思っています。

韓国文化、料理などの紹介者、佐野良一さんから次のような感想をメールでいただきました。本人のご了承の上掲載します。

佐野良一 多彩な写真と新聞論調などから、読む程に当時の小島先生(運動に係わった多くの日本人たち)の誠実で無垢な正義感が、やるせないもどかしさとして胸に迫ります。この本は今後僕周辺の日本人年配者に読ませようと思います。

 僕の知人に1965年の日韓国交正常化の時期に、“日韓親善歌手・梨花”として活躍した野元波津子サンという婦人がいます。当時の船田中衆院議長や椎名悦三郎外相たちの肝煎りで、韓国側の反対風潮を多少ともかわそうとの思いだったようですが、その役がコロンビアでデビューを待っていた彼女に廻ってきて、まだ20前後の彼女はいきなり韓服を着せられて日韓を行き来してで韓国歌謡を歌ったのです(「黄色いシャツ」を日本で最初に歌った歌手)。
ある時新潟の大きなキャバレーで彼女のワンマンショーがあり司会者が“日韓親善歌手・梨花!”と紹介したら、客席が騒然とし、“日朝と言え”、“何が日韓なんだヨ!”という罵声と共に酒瓶やグラスが飛び交いショーは中断したといいます。何も知らない彼女は唯ただ怖くて震えていたそうです。どうも翌日新潟港から北韓へ旅立つ帰国者の送別会だったらしいです。後年僕にこの話をするまで、彼女はその騒乱の原因を全く知らずにいたのです。『…最後の分かれ』を読んでいて先ず彼女にこの本を読ませようと思いました。(終)

元祖・韓流ブームというべきこの歌手のこと、無知な私は全く知りませんでした。いまは歌手を引退し静かな生活を送っておられるようですが、このような方に本書を手に取っていただけるのは望外の喜びです。

以下の映像は、1964年の映画「千里馬」の紹介です。

なんか見ていて呆然と致しますが、こういう映画を、しかも日本人監督が作っていたのか・・・
当時の毎日新聞記事です。
「宮島義勇監督を中心とする日本側のスタッフが1963年、北朝鮮に10ヶ月近く滞在し、メーデーや建国記念パレードなどの各種行事や、工場・農村・日本からの帰国者の表情などを長期ロケした記録である。
 映像は、工業、あるいは農業など建設面の紹介に多くがさかれ、労働者たちが生産の向上をはかるために“学習”をし“点検”と呼ばれる集団討議をしている模様などが描かれる。これらの画面や、あるいは労働者用のブロック住宅の建築風景、田畑で働く農耕機の風景などからなる。
 ほかに、日本からの帰国朝鮮人の生活、板門店での停戦委員会が描かれ、この国独特の“十五日間の田植え戦争”も紹介される」

後、以前にも紹介しましたが、当時のニュースフィルムです。


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4 Responses to “「写真で綴る北朝鮮帰国事業の記録 帰国者九万三千余名 最後の別れ」小島晴則著(高木書房 )発売。数百枚の写真に、日本に残した最後の笑顔が刻まれています”

  1. ぴたぽん より:
    小島晴則さんの“前著”『幻の祖国に旅立った人々 北朝鮮帰国事業の記録』と対比するように、“書”でなく“カメラ”というツールで切り取られた貴重な資料ですね。
    『幻の祖国に旅立った人々 北朝鮮帰国事業の記録』の表紙の、希望に満ちた笑顔の一枚だけでも、その後の彼らの運命を思うとたまらない気持ちになるのに、この本は数百枚の写真が収められているとのこと。
    今取り寄せ中ですが、写真というのはインパクトが強いので、見たいような・・・見たくないような・・・複雑な思いで待っているところです。
    少し前に似たような内容の写真集(数十枚)を見ましたが、残像が後々まで残って暗い気持ちが続きました。。。

    「千里馬」の映像も・・・何とも言えません。

    この映画が作られた頃は、北朝鮮での実態が漏れ始めていて、帰還者数は減少している時期だったのでしょうが、それでも日本での差別・貧困・子供たちの絶望的な将来性の中でこんなものを見せられて、どれだけの期待を抱いて海を渡った方々がいたことか。
    また、この映像を見て安心した日本の親族もいたかもしれませんね。

    Wikipediaによると【帰還事業50周年を記念して北朝鮮と総連が共同で製作した映画『東海の歌』(2部構成)が2009年12月から北朝鮮で公開された】そうですが、これは日本では見ることができるのでしょうか?

    もしご存知でしたらお教えください。
  2. miura より:
    深い心のこもった感想ありがとうございます。「東海の歌」は、私の知る限りでは日本では観ることはできないようですね。ただ、参考までに下記の記事を紹介しておきます。
    http://archive.fo/TcNtM#selection-27.0-105.192
    なんだかなあ、と思うような紹介ですが・・・・。
  3. ぴたぽん より:
    昨日、本が入荷したと連絡をもらい、早速購入してきました。
    まだざっと眺めた程度ですが、厚さ3cmほどの本には薄い紙が使われ、675ページもの大量の貴重な情報が詰め込まれていることにまず感銘を受けました。
    小島晴則さんがこの本に込められた気持ちが伝わってくるようです。
    帰還者と彼らを見送る人々とをつなぐ、冷たい風に狂ったように舞う信じられないほどの量の紙テープが、当時の熱気や興奮を感じさせます。
    この時は知る由もなかった帰還者のその後の運命を思うと、ページをめくるのが本当に辛い本ですが、1ページ1ページを大切に読ませていただこうと思います。

    『東海の歌』についてのコメント、ありがとうございました!

    『東海の歌』とは関係ないのですが、ちょっと思い出したことがあります。
    『英国フェア』や『カナダフェア』のような外国紹介イベント&生産物・お土産販売会ってよくありますが、1970年代に東京で『北朝鮮フェア』のような催しに行った方の話を聞いたことがあります。
    他の国々のイベントと違い、すごく地味な雰囲気で、全然欲しいと思えないような微妙なものが販売されていて、まばらにしかいなかった来訪者も、誰も何も購入していなかったらしいです。
    会場では『東海の歌』のような、”発展していく北朝鮮”をアピールする映像なども流れていたかもしれませんね。
  4. miura より:
    このようなお言葉(ほかにも複数の方から寄せられましたし、小島様にも直接届いています)が一番力になります。一応、50冊は図書館贈呈用にし、各都道府県の公立図書館に一冊ずつ贈呈しました。将来、誰かが帰国事業を研究したいときに手に取ってくれればありがたいです。
    「戦争と人間」で有名な映画監督、山本薩夫に「スパイ」(1965年、日韓条約締結の年に公開)という映画がありまして、私はまだ未見ですが、以下のようになかなか時代を感じさせるストーリーです。
    「中央新聞社社会部記者須川康夫は、長崎県の大村密入国者収容所から脱走した韓国学生李起春の事件を追って大村へやって来た。責任者に会った須川は脱走当日警察庁外事課の鵜崎三郎という警部が訪れたことを聞き、疑惑を深めた。警察庁に鵜崎という警部はいないはずだ。李は朴政権反対のデモの指導者として逮捕投獄されたが、脱獄して密航して来たのだ。李の前には、送還、死刑がつながっている。完全に謀略事件とにらんだ須川は、さらに追求をすすめた。その頃山谷のドヤ街で韓国外務大臣の訪日に際し日韓会談反対のデモに参加する者に日当を払うというビラが、在日北朝鮮系組織の名を使ってまかれ、京都の朝鮮人少年に韓国から徴兵通知が舞い込んだ。須川はこの出来事と李の事件は関係あるとにらんだ。」(スパイ、あらすじより)
    http://movie.walkerplus.com/mv21539/
    この映画に、新潟での帰国事業のありさまが移っていて、若き日の小島さんの姿もある、という話を聞きましたので、アマゾンでそのうち買ってみようかと思います。

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