映画も面白かったけど、「ジャングル・ブック」はぜひ福音館書店版(木島始訳)を

映画の「ジャングル・ブック」は確かに面白かった。というか、CGでジャングルも動物も全て作ってしまうという徹底ぶりにはただ驚かされるばかりで、アニメ版はうろ覚えなんですけど少なくと面白いシーンはほぼすべて再現されていたような。こういう映画についてはあれこれ批評してもしょうがないので、とにかくCGがすごいからそれだけでも損はない、としか伝えようがない。そして、これまでのアニメ版も、もちろん原作も、モーグリが人間社会に戻っていくシーンで終わったはずだけど、この映画ではそこをちょっと変えている。そこはまあこういう言葉を使うとしたら、多文化共生とか、人間と自然の調和とかのメッセージともいえるんだろうけど、あまり難しいことは考えずある種のハッピーエンドと取ればいいのかも。

ただ、キップリングの原作の素晴らしさと、あの映画の魅力は全く違うことははっきり言っておいたほうがいいと思います。キャラクターの性格、特に動物たちの性格付けはもう全く違うけど、それはそれとする。なによりもまず、主人公のモーグリは、あの映画でイメージされるような、可愛らしい野生児などではない。モーグリは動物たちと自分が違うこと、そして人間の世界にも完全にはなじめないことを自覚した「独立独歩の誇り高い個人」として描かれています。そのあたりを最もよく表現している日本語訳は、私の知る限り、木島始氏が訳した福音館書店版。好き嫌いは分かれるでしょうが、モーグリのわがままに感じるほどの自立性と、ある種英雄的な性格を、他の多くの訳本よりも強く出してているところが素晴らしい(挿絵の世界もそれによく合っている)。キップリングの精神を最もよく表現しているのがこの翻訳ではないかとすら思います。

この「ジャングル・ブック」では、サルたちのバンダー・ログをはじめ、ドール(山犬)、村人たち、そしてモーグリの仲間のはずの狼たちの中でも、多数を頼り、群れたがり、かつルールを守らず目先の感情に走る「衆愚」に対しては作者ははっきりと軽蔑の念を隠そうとしない。特にオオカミのリーダー、アケーラを陥れ、そしてモーグリを追い出そうとする狼たちの行動は、時として、リーダーを貶めること、リーダーの些細な欠点を誇張することで自分たちが優位に立ち、権威を引きずり下ろすことが自由になることだと思い込む、大衆社会現象の醜さを予見したかのようにも読めるほど。

モーグリ、熊のバルー、クロヒョウのバギーラ、そしてニシキヘビのカーなどは、それに対し、ただ一人でも信念を貫き、決して安易に群れることはなく単独で生きていくが、同時に仲間を見捨てず、ジャングルのルールを厳格に守る誇り高い存在として描かれる。そして、キップリングの素晴らしい詩「もしも」が、あとがきで短く引用されていますが、本書の随所で挿入されるジャングルの歌、特に狩りに失敗し老いて死に向かう狩人の哀歌などは強い印象を残し、キップリングがイギリスで今もなお愛される詩人であることがよくわかります。そして、シア・カーンを倒した後モーグリがうたう歌は、どこか旧約聖書のダビデの歌のいくつかを思い出させるほど。

そして、キップリングは、やはり19世紀のイギリス人として、イギリス植民地帝国の支持者であり、インドやアジアの人々を文明的に遅れた人々とみていたことは事実です。そのような彼の姿勢も「ジャングル・ブック」には散見されますが、それも、この翻訳では決して隠さずに訳されています。子供向けだからと言って最近原作の要素を平気で書き換えてしまう傾向のある最近の一部の児童文学翻訳に比べて、本書は原作の本質を見事に描き出した名訳として、ぜひ読み継がれてほしい一冊です。

キップリングについて、政治的には正反対の立場にいたジョージ・オーウエルが優れた評論を書いていますが、そこでオーウエルは、キップリングは確かに好戦的な帝国主義者だったけれども、大衆社会におけるファシストとは全く違う個性の持ち主であり、神の正義、人間の傲慢さの罪をはっきりと自覚し、戦争の残酷さや恐怖を決してごまかそうとせず、むしろ誇張すらしたことに触れています。キップリングはイギリス帝国の偉大さを信じ、白人文明が世界を啓蒙することは正義であることをまともに信じ、それには道徳的な意義があると考えていた、大衆社会と、消費資本主義が伝統的価値観と秩序を崩壊させる時代以前の人間だったのでした。そう思うと、キップリング自身が何よりも憎んだのは、伝統社会を破壊する20世紀の大衆社会そのものだったようにも思えます。そのような大衆のルサンチマンを先導する、大衆運動としてのファシズムとこの詩人がまったく無縁だったことは、オーウエルが引用している素晴らしいキップリングの詩にも明らかです。

白い両手が手綱にしがみつき

長靴のかかとから拍車を外す
いとも優しき声が「引き返して」と叫び
赤い唇がさやに納まった剣をくもらす
ゲヘナ(地獄)に落ちるにしろ、天上の御座へ上がるにせよ
一人で旅をする者こそが一番速い旅をする

「一人で旅をする者こそが一番速い旅をする」という言葉は、一度読んだら忘れない響きを持ちます。そして、これこそモーグリの精神だったように思えます。

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