小山田いくさん、天国へ。なぜか「サマーウォーズ」思い出した

漫画家・小山田いくさん亡くなる 代表作に出身地・長野県小諸市を舞台にした「すくらっぷ・ブック」など
ねとらぼ 3月25日(金)16時25分配信

 「すくらっぷ・ブック」などの作品で知られる漫画家の小山田いくさんが亡くなっていたことが明らかとなった。実弟にあたる漫画家の田上喜久さんがTwitterで「小山田いく先生。お亡くなりになりました お疲れ様でした」と小山田さんの死を悼むツイートをしている。なお、秋田書店に問い合わせたところ、亡くなったことは知らされているが、詳細はまだ分かっていないとのことだった。

 小山田さんは、1980年に「12月の唯」で漫画家デビュー。同年、出身地の長野県小諸市を舞台とした青春コメディー「すくらっぷ・ブック」(全11巻)を週刊少年チャンピオン(秋田書店)で連載開始する。同作は人気を博し、2006年には本人選書で復刊ドットコムより復刊されている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160325-00000077-it_nlab-en

以下の文章は、小山田いくさんの作品を今も大切に読んでいる方には、多少不快に感じるかもしれませんが、率直な気持ちなのでご容赦ください。

「すくらっぷ・ブック」が、やはり最高傑作ということになるのでしょうが、私が最も好きだった作品は「ウッドノート」でした。バードウオッチングをテーマにして、ここまで青春漫画のストーリーに組み込んだのはなみなみならぬ構成力でしたし、特に印象的だったのは副主人公というべき大潟新人というキャラの描き方で、こういう屈折キャラをきちんと生かし、しかも後半部ではちゃんと成長した姿を見せるというのは中々できそうでできないストーリー展開だったと今も思います。

すくらつぷ・ブックにはいまいちはまらなかったんですが、あのマンガは基本的に「ユートピア漫画」だったのではないでしょうか。登場人物は基本的に率直な善良さを持ち、それぞれがそれぞれのやり方で中学時代を成長していく。こういうユートピアが描かれる時、絶対大切なのは、夢や理想を描くのは素晴らしいのだけど、そこに嘘を入れてはいけない。このあたりを小山田いくはちゃんとわかっていて、ある閉ざされた小さな田舎の町の、平和で自然にあふれ、かつ、民話や伝説、異界への道筋がまだ残っている世界を丁寧に作りあげ、でも、主人公たちはしっかり現代の中学生として、受験や恋愛も描きこんだ。こんな善良で自由な中学あるわけない、なんていう批判はもっともつまらないもので、こういう世界は「クオレ」以後、常に少年文学の王道としてあるんです。そして、この手の漫画はえてして、中学時代が何年も続くような、人気のある限り連載が続くというパターンになりやすいんですが、きちんと中学卒業で話を追えたのも見事。

わたしは小山田いく氏のよい読者ではなく、「ウッドノート」以後の作品は実は読んでないんです。同作も感動しながらも、当時は、どうにもきれいごとに感じていまいち感情移入しがたいところもあった。正直、今は作品も手放してしまっていました。ただ、こうして訃報を聞いて思うのは、絶対にこういう作品はいつの時代も必要だということ。1980年代、「すくらっぷ・ブック」が連載された頃、確実に時代は、むしろこのユートピアとは違う方に流れ始めていた。その時点で気づいた人は少なかったろうけど、簡単に言えば、高度資本主義の社会が、どんどん伝統や地域、人々のつながりを崩し始めていて、もちろんそれはかってないほどの個人の自由や経済繁栄をもたらしたんだけど、同時に、こういうユートピア、人と人が信じあえる世界は、学校からも地域からも失われて行く。小山田いくが成功しても長野を離れず、「ぶるうピーター」では高校生の寮生活というすごく限定された空間の中でストーリーを完結してみせ、しかも、かなりきわどい恋愛のドラマを盛り込んだり、「星のローカス」では神話世界をイメージさせ、かつ登場人物が高校生だけど酒は飲むはタバコは吸うなど自由闊達に動かしたりしながら、「すくらっぷ・ブック」の登場人物がまるで少しずつ成長するかのように描いていきました。これも今思えば、ある時代への抵抗だったのかも。

正直「マリオネット師」以後の小山田作品は私は今一つついていけず、遠ざかってしまいました。ただ、いつまでも「すくらっぷ・ブック」的な世界に安住せず、変わっていく時代に対峙していった姿勢は作家として素晴らしいと思う。80年代後半からは、まずます、「すくらっぷ・ブック」の延長でものを書いていくのは難しい時代になって行ったはずだから・・・・

唐突なことを言うようですが「サマー・ウォーズ」を観たとき、この登場人物にはどこか既視感がある、と思い、後になって、あ、あれは小山田いくの世界を想い出したんだと納得したことがあります。もちろん、全然ストーリーも設定も、パソコンもネットもない、そもそも「ウオーズ」なんて起こりえない小山田の作品とは全く違いますよ。でも、出てくる登場人物が、みんな基本的に素直で善良、小さいけどしっかりした家族や地域の共同体があり、そこに歴史も息づいているところなんか、何か小山田作品を思い出させたんです。もちろんこれは偶然、というか、どんな時代でも、ポジテイヴな形でユートピアを描こうとすると、どこか構造は似てくるという必然かもしれないと思います。

全く知らない方なのですが、ネットで、こういう曲を自作してあげている方を見つけました。

こういう世界ははまる人と、全くダメな人に分かれるのかもしれないけど、やはり私は照れ臭いけど好きだなあ。

拙著発売中です、興味のある方はどうぞよろしくお願いします。

〈言視舎 評伝選〉シリーズ 第5弾

渡辺京二 
著者 三浦小太郎

人類史のスパンで世界史を見据える歴史思想家の全貌。

初めて明かされるその資質・体験・方法。
若き日に「小さきものの死」で思想家として出発した渡辺京二が、一貫して手放さなかったものは、近代という時代の不可避性を見失わず、そこで失われていくものに思想の根拠をおくことで、歴史の必然性という概念に抵抗してきたことだ。その初期から現在に至る全著作を読み解き、その秘密に迫る本邦初の評伝。
★目次
第一章 大連  第二章 闘病生活と若き日の歌  第三章 小さきものの死と挫折について  第四章 吉本隆明と谷川雁  第五章 水俣病闘争  第六章 処女作『熊本県人』  第七章 『ドストエフスキイの政治思想』  第八章 神風連と河上彦斎  第九章 西郷隆盛  第十章 宮崎滔天  第十一章 北一輝  第十二章 二・二六事件と昭和の逆説  第十三章 「地方という鏡」  第十四章 ポストモダン批判  第十五章 石牟礼道子とイリイチ  第十六章 逝きし世の面影  第十七章 江戸と近世  第十八章 黒船前夜 ほか
言視舎ホームページ http://s-pn.jp/archives/2177
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