保守派知識人の混迷(4)小林よしのり

再度書きますが、以下の原稿は2007年、小林よしのり氏が「天皇論」を書く以前のものです。ですから、ここでの小林批判はもはやあたらない部分も多いと思いますが、書き改めるとならば全てを書き直すことになり、私のその時点での小林論として記させていただきます。

4、小林よしのり 反米主義の極北 

 私が小林を評価するのは、どの保守派知識人よりも、大東亜戦争肯定論と反米主義を明確に打ち出し、そこから現代日本社会を批判する論理的な一貫性を保っているからだ。小林が大東亜戦争を自衛戦争であり、アジアの国家としては始めて白人の植民地体制に全面的に戦いを挑んだものと評価するならば、その日本を犯罪国家呼ばわりし、ひたすら戦後日本を弱体化させたアメリカを許せるはずがない。その意味で、「平成攘夷論」は小林の一つの思想的帰結を示す作品である。

 本書冒頭で小林が、吉田松陰、久坂玄瑞、高杉晋作らの、幕末の長州の尊皇攘夷の志士を描き、彼らの純粋性を「命の危険があっても、自分の良心にいいわけしない。くだらない現実主義に逃避しない。(中略)時代を突き動かすのは、青年の直情性が必要なのだ。」と高く評価し、高杉晋作らが後にイギリスの武器弾薬を利用して討幕運動を行ったことに関しても「彼らは開国して『武備恭順』して、幕府を倒し、いずれはアジアに侵略の触手を伸ばす欧米列強を『攘夷』するというシナリオを描いたのである。」と、攘夷の精神が明治まで継続していたことを強調しようとする。これらの記述は、現実主義や国益の名の下に外交上の妥協を繰り返し、原理原則の政治思想を唱えるものをすぐに非現実的と嘲笑う左右双方の現在の思想状況への批判としては、私は充分理解できる。しかし、これは余りにも歴史に対し小林の願望を投影しすぎた解釈である。

 現実の明治維新は、むしろ「攘夷の精神」を在野に追いやるものだった。その象徴が、藤岡信勝を論じた部分でも紹介した西郷隆盛に代表される士族反乱である。小林がもし攘夷の精神を描くのならば、明治時代抹殺された彼ら士族反乱の運命と、明治近代国家の本質に向けてさらに考察を進めていけば遥かに深い作品になったはずだ。

 西郷隆盛は明治維新のため政治的に尽力し、かつ廃藩置県の実施者の一人であり、近代化にも開国にも決して反対ではなく、むしろ極めて開明的な人物だった。しかし同時に西郷は初期の段階から明治政府の腐敗に悩み、『戊辰の死者に対して申し訳なし』と明治維新を『裏切られた革命』と嘆いていた。西郷の征韓論についても誤解が多く、アジアとの友好と同盟関係を、何よりも西郷は重要な「道義」ととらえていた。後の江華島事件に対し、西郷は明確に明治政府の姿勢を、議論と交渉を尽くさず、朝鮮を弱国と見なして武力挑発を行ったのは「天理において恥ずべき」行いだと激しく批判している。さらに西欧帝国主義を批判した「文明とは道の普く行はるるを贊稱せる言にして、官室の壮厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふにはあらず(中略)。文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導くべきに、さは無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍のことを致し己を利するは野蛮」(西郷南州遺訓)という言葉はまさに攘夷の精神の正当な系譜である。西郷はこのような思想の持ち主であり、近代化の必要性と同時にその問題をも認識していたからこそ、西南戦争で死ななければならなかったのだ。西郷を殺した明治政府を、そのまま攘夷精神の無条件な継続とは見なせないだろう。

 この意味で、小林が明治政府への反体制派を充分描こうとしないのは大変惜しい。大東亜戦争の本質は明治・大正、昭和を貫く右翼反体制派の研究なくして決してその全体像を現さないはずなのだ。

 アジア解放戦争、欧米植民地との対決を最も強く唱えたのは、周知のように玄洋社、北一輝、宮崎滔天、大川周明らの反体制右派、アジア主義者の人々である。この流れはある意味、西郷隆盛に象徴される新たな攘夷の立場からの明治政府への批判者の系列だった。「富国強兵」を「武備恭順」と同一視しうるのはやはり無理があるだろう。明治国家が目指したのはあくまで近代国民国家の確立であり、その上での自衛と繁栄の双方を求めた大陸進出である。攘夷の精神を引き継いだのはまた別の在野の運動家であり、また大東亜戦争は近代日本国と欧米との戦争であると同時に、明治時代からの近代化の中で地域共同体を破壊されつつある民衆にとって、いかに厳しくともある連帯感を与えてくれる「戦士=死の共同体」でもあった。特攻隊の遺書が感動的なのは、現実には失われつつある共同体が、自らの死を覚悟した段階で最も信じられるものとして現れてくるからである。小林が日本の守るべきもの、特攻隊が守り抜こうとしたものは伝統だと言い切るのは正しいのだが、その伝統とは何かを考える時、それが明治以降ひたすら解体化され、戦後と共に完全に失われてゆく過程について目を逸らすわけには行かないだろう。

5、左派と右派、反米か親米かという不毛な対立を超えて

  真の戦後を越える思想の確立を

小林よしのりの反米主義を思想的には一貫性のあるものと評価するが、私個人の立場の違いはここで明言しておく。私は北朝鮮の人権問題に多少取り組んできたが、その上で、自由、人権、民主主義と言う価値観は、相対的な政治的価値としてはこれ以上のものは人類は未だ見出していないと考える。北朝鮮のような全体主義体制を、国際社会が見捨てていいものではない。その点ではネオコン的な、民主主義を世界に広げるという価値観に、方法論には異議があっても原則的に私は賛成である。そして、アメリカ映画、ロックやジャズ、フォークナーやヘミングウエイの文学に親しんで来た者として、アメリカに文化や歴史がないと言う説には共感することはできないし「アメリカ保守革命」(中岡望)を読めば、アメリカの政治の多様性について小林の描くものとは違う実情も見えてくる。

そして、以上四氏の議論はそれぞれ汲み取るべきものが多いと思うが、私が不満に思えるのは、日本近代史に於けるアジア主義や反体制派右派の思想に対し殆ど全員が余り関心を有していないことである。その意味で、私は日本近代史を考える上では、これらの人々以外にも、渡辺京二、葦津珍彦、竹内好らの著作を最も重要な業績だと考えている。

竹内氏は既に60年代から、極めて熱心な中国支持者でありながらも、東京裁判に多角的な分析を行い、アジア主義の再評価を通じて西郷隆盛、北一輝、玄洋社らを正当に評価していた。渡辺京二の「逝きし世の面影」は江戸時代の豊かな日本文化を紹介した本で保守派の間でも高く評価されたが、彼は同時に水俣闘争の最も本質的な運動家であり、そこから得た独自の視点で、西郷隆盛、宮崎滔天、北一輝など明治近代に抗した一連の反抗者たちへの最も総合的な評伝を表している。葦津珍彦は、戦前からナチス思想を全面的に批判し、日中戦争中には避難民救済にも尽力、また大東亜戦争時も積極的な情報戦案や内政改革案を進言し、戦後は一神道人として皇室伝統や歴史論考を書き続けた。彼の「大東亜戦争と東洋の解放」は、例えば日露戦争を語る上で最もユニークな視点を示唆している。

 新しい歴史教科書を作る会を支えたこの四氏は、今はそれぞれ袂を分かち、運動は既に混迷している。安倍政権はかなりの保守派の期待を集めたが、肝心の北朝鮮問題、歴史問題、憲法問題では充分な結果を出せず瓦解した。しかし、今からが真の意味で保守言論が思想的に進化し再生を目指すチャンスでもあるはずだ。その上で私が不可欠と思うのは、今挙げた思想の巨人達のような、明治近代史に従来の左派とは別の方面から疑問を呈した人々の精神史を再評価することである。

 現在の日本戦後思想状況の混迷は、単に大東亜戦争敗戦とその後の占領軍の支配だけに原因を求めるべきではない。近代そのものの最も行き詰った形で病が日本においても典型的に現れているにすぎないのだ。そうであるならば、明治以降の近代化の闇と、そこで失われた物を深く考察することなくして、真の意味で戦後思想の乗り越えはできないはずだ。その先には、現在日本を「守る」事が中心になっているかに見える保守運動に、再び世界の秩序と平和、そして変革の為に行動しうる精神を甦らせる事ができるだろう。彼らの思想は日本一国の情況論に留まらず、近代を後ろ向きに超え、未来に飛翔する普遍性を有していたのだから。(終)

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2 Responses to “保守派知識人の混迷(4)小林よしのり”

  1. にぎりめし より:
    小林よしのり氏は、純粋で理路整然としている。 (内外の歴史・憲法改正・日米関係・独立国としての日本の気概・日本を取り巻く近隣各国)のいずれも実態を知った上での彼の結論として正しいものを抱いている。 しかし、そこが(彼自身の評論)と(秀でた為政者)の違いなのだ。 小林氏は想いにあることをストレートに吐き出してしまう。 世界の首脳にはストレートに発信する者も当然に多くいる。 だが、相手に考えを読まれてどうする。 国際舞台は切れ者が揃っているのだ。 評論家は自説の正しさを伝えるあまり、ペラペラと喋ってしまう。 そのために抑えも効かない。 秀でた政治家は正にプロなのだ。 踏みとどまることを知らない小林氏は着実な戦略を読みきれていない。 
  2. miura より:
    私は小林氏とは意見が違いますし、正直、氏の作品で一番好きなのが「めんぱっちん」と、後「たこちゃん・ザ・グレート」なんですよ。あの時期のギャグと絵の雰囲気が一番好きで、風刺画のスタイルを取らざるを得ないとはいえ、ゴーマニズム宣言とかは正直苦手な作銀。ただ、それはそれとして、氏の一貫したスタンスはもっと評価されるべきと思います。
    ただ正直、玄洋社の志士たちや頭山満を描いている最近の作品は、ちょっと類型的に過ぎる気がする。アジア主義はああいう風に単純な英雄伝説にしないほうが、思想的な実りがると思うんですよね。その辺は渡辺京二氏の「評伝宮崎滔天」あたりを読んだらいいと思うけど。もしくは葦津珍彦氏の著作とか。

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