天安門事件をユネスコの記憶遺産に登録するキャンペーンにご協力を。そして、今年は文革50周年です

天安門事件をユネスコの記憶遺産に登録し、「無名の反逆者」二名の消息を追及せよ

2015年12月10日。世界人権デーであり、劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞して五年目にあたる日。

今日は劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞して5年目にあたります。それを記念して、我々は二つの全世界的キャンペーンを開始します。ひとつは天安門事件をユネスコの記憶遺産として永久に残すこと、そしてもうひとつは「無名の反逆者」二名の消息を追及することです。

1.天安門事件をユネスコの記憶遺産として永久に残すキャンペーン

天安門事件について自由にディスカッションし理解することは、中国の政治がより文明化するための必須条件です。それにはふたつの条件があります。ひとつは中国の人民が天安門事件の真相に規制なくアクセスできること。ふたつ目は中国人が事件について自由に討議できること。しかし、今日の中国における政治的圧力を鑑みると、このふたつの自由は長きにわたって非常に制限されてきたと言えます。中国の包括的な政治改革に関して、共産党政権がイニシアチブをとる可能性は限りなく低い。それは、早急に必要とされている天安門事件の解明についても同様です。幸いなことに、一般市民が行動を起こし始めています。過去二十六年にわたって、あらゆる階層の人々が事件について自身の知る事実を様々なルートで世に伝えようとしてきました。その中には、抗議デモの参加者、ジャーナリスト、事件の目撃者、当時の中国共産党当局者、将校を始めとする軍人などが含まれています。

集まった写真、動画、文章を吟味することが、より多くの真実を白日の下にさらし、それと同様に重要と考えられる理解を促進し、ひいては中国の民主化を実現するために極めて重要だと我々は信じます。この点から、天安門事件関連の資料が、歴史的影響の大きい出来事の情報を留めおくユネスコの記憶遺産に登録されることの意義は大きいと言えます。この事件は世界史に多大な影響をおよぼしました。世界はここから学んだことを決して忘れてはなりません。

本プロジェクトに関する情報を広くシェアしていただき、天安門事件に関する確実性のある資料をプロジェクトのコーディネーターまでご提供いただけるようお願いします。

我々は集まった資料を整理するかたわら、ユネスコに対して正式な認定と早期の登録を求めるロビー活動を展開する予定です。

2.「無名の反逆者」二名の消息を追及するキャンペーン

北京の長安大街で人民解放軍の戦車に立ち向かう勇敢な男性のあまりにも有名な写真は、二十世紀の最も重要な写真のひとつです。一般市民が国家の暴力に立ち向かう姿をあらわす、歴史に残る一枚です。二十年以上もの間、世界中がひとつの質問をしてきました。無名の反逆者は今どこにいるのか? 今日でも、無名の反逆者「王維林」の素性やその後の運命は開示されていません。もうひとつ私たちが忘れてはならないのは、戦車の乗員である兵士が中国共産党からの指示に逆らってでも同胞を銃撃したりひき殺したりしない道を選択したことです。兵士の良心が命令に従わせなかったと考えれば最も納得がいくでしょう。この兵士も同様に英雄です。Time誌の記事にもまさにこうあります。「戦車の写真に英雄は二名いる。命をかけて絶対権力の前に立ちはだかった無名の男と、道徳的難題に果敢に立ち向かい同胞をひき殺すことを拒否した戦車の操縦者である」

この二名の英雄のその後を知る者はいませんが、それをつきとめ彼らを見つけ出すのは我々の責務です。ふたりは、道徳的な勇気は臆病者の残酷な所業に勝利できるという恒久的な真実を象徴する存在なのですから。

我々はここに、世界中から署名を集め、二名の無名の反逆者の素性、経歴および所在を明らかにするよう習近平に対して請願する取り組みを開始します。(添付の習近平宛て公開質問状をご参照ください。)署名をお願いします。そして周りの方にも呼びかけてください。このプロジェクトに期限はなく、真実が明らかにされるまで署名を集めていく所存です。

署名する方法(change.org) (1). ページにアクセスしてください。 http://tinyurl.com/finding2tankmen (2). 姓、名前、Eメールアドレス、国、都市、または郵便番号を入力してください。 (3). 賛同ボタンをクリック

http://myxth.top/archives/212

日本でもこの署名運動が始まります。共感くださる方は是非ご署名をお願いします。

なお、今年は、文化大革命から50周年の年でもあります。文革が中国にもたらした悲劇とともに、日本を含む西側の新左翼運動に与えた影響は、今もう一度再検討されるべきでしょう。単に文革を讃美したのはけしからん、という単純なものじゃなくてね。

例えば当時のパリ五月革命におけるフランスの新左翼の一部や、日本なら竹内好とか高橋和巳の書いたものを読めば、文化大革命を、その実質とは離れたところで、国家なき社会を目指す、従来の社会主義諸国を越えた新しい革命運動だととらえる人、また、中国民衆の「鼓腹撃壌」的アナーキズムに共感したり、上海コミューンをパリコミューンの再来としてとらえた左派知識人がいたことは確かだった。後、「造反有理」『革命免罪』と言った「キャッチコピー」の魅力が、マルクス主義「理論家」たちのスコラ哲学的な論理よりはるかに魅力的だったはず。

勿論、文革に参加した紅衛兵たちの中にも、中国共産党の官僚主義打倒を明確に打ち出した、例えば湖南省無産者連合みたいな人たちもいたことは事実。でも、文革の参加者の中に仮に国家を超えたユートピア幻想があったとしても、それは毛沢東崇拝の中にからめ捕られ、権力の否定ではなく、単に伝統文化の破壊と、毛に反対する「修正主義者」「走資派」への暴力的攻撃、さらにはモンゴル、ウイグル、チベットなどの民族を「封建的・反革命的」として虐殺する方向に誘導されて行くしかなかった。

日本や西欧の新左翼運動も同様。毛沢東主義や文革をそのまま先進国で実践しようとしたら、時代遅れの農本主義や、連合赤軍のような武装闘争路線と内ゲバ(私は連合赤軍を全く評価しないけど、少なくとも、毛沢東や文革を讃えた人たちにだけは永田洋子や森恒夫を批判する資格はないと確信している。文革で起きたことはまさに連合赤軍で起きたことと同じだから)に落ち込むしかなかった。ただ、サルトルのような人が、毛沢東派の新左翼とだけは深い人間的交流があった、と語っていたのは何かわかるような気がする。先進国インテリの自己批判、自己否定として、たぶん毛沢東主義は魅力的だったんだろうな。でもやっぱり、北ベトナム、中国、後キューバあたりを(日本では北朝鮮も含む)過大評価したのが、新左翼の基本的な過ちだったと思う。

天安門事件は、共産主義は捨てたが独裁権力は離す気がない中国共産党による民衆弾圧の記録。同時に、人間の巨大な錯誤とそれによる大量虐殺として、文化大革命もぜひ記憶遺産にとどめたい。

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3 Responses to “天安門事件をユネスコの記憶遺産に登録するキャンペーンにご協力を。そして、今年は文革50周年です”

  1. 野澤春華 より:
    支持正義,維護和平!
  2. miura より:
    来年の64天安門集会も協力するつもりです、もしお近くにお住みでしたらご参加ください、遠方の方であれば、また集会の報告を書きますので読んでみてください。共感のメッセージありがとう。
  3. 宮原修 より:
    ついでに文化大革命もユネスコに登録するべきです。歴史上最悪の虐殺を風化させてはいけないと思います。

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