戦前の日本・ビルマ合作映画「にっぽんむすめ」を観ました&『Passage of Life』支援のお願い

昨日、東京の築地にて戦前の日本・ビルマ合作映画「にっぽんむすめ」を観ました。
まずはこちらをご覧ください。

最初の数分間でストーリーを言ってしまっていますので、ここでは繰り返しません。

しかしその後の監督と日本人の妻の人生、これがまた映画そのもののドラマですなあ。

私が大変印象に残ったのは、日本・ビルマ間の単独飛行に一度は失敗、その予算を稼ぐためにカーレースに出て賞金を稼ぐ所。このカーレースのシーン、今の目で見ても決して悪くなかったですよ。いや、露骨に迫力ばかり狙わなくても、きちんと車を正面からカメラで抑えただけで、当時としては結構迫力あったんじゃないかと思う。

それと、ヒロインの「恵美子さん」、要するに芸者さんだと思うんだけど、その方々の踊りのバックの三味線のメロデイが、意外とクラシックの曲とか使われてる。ある意味モダンだったんじゃないかな、この時代(1930年代半ば)。もちろん、これは何じゃってシーンはありますよ。一番不自然だったのは、ビルマ語をなぜか日本人女性が途中からろくに通訳もなしに理解していってしまうこと(まあ、ビルマ人を好きになったので学んだのかもしれないが)後いま思い出したんだけどビルマ人も完ぺきに日本語分かってしまうんだよな・・・

ある意味、モダン都市東京、飛行機による単独横断飛行、カーレース、そしてトーキー映画と、この時代の最先端の流行が詰まっていた映画かもしれないし、また考えてみれば、イギリス植民地だった当時のビルマで、白人技術の最先端である飛行機をビルマ人パイロットが運転するという設定は感動を呼ぶものがあったのかもしれない。

この映画は戦争中米軍に押収され、オリジナルフィルムの保存状態も悪く、音声も途切れるシーンとかがあって残念と言えば残念だけど、とにかく残っていただけでよかった。こういうのは文化遺産ですからね、戦前の東京のカフェや街並みの上品さとモダンが感じられるこの時期の映像は貴重ですよ。

そして、今日本・ミャンマー合作映画が再びつくられています。

ミャンマー×日本 国際共同制作長編映画

『Passage of Life』

政治の混乱から祖国を逃れた両親と共に、幼い頃から日本で育ったミャンマー人の兄弟は自分の事を日本人だと思って暮らしている。

ある日、母が先行きの見えない日本での暮らしのストレスで精神を病み倒れてしまう。父は母の容態を見かねて、子ども達と母をミャンマーに帰国させる事を決意する。日本を離れたくない兄弟の両親への抵抗もむなしく、三人は父を日本に残して故郷へと旅立つ。離ればなれになった家族。

兄は、慣れない国での生活の中で、両親に対して苛立ち、環境を受け入れる事ができず、次第にフラストレーションを溜めていく・・・

http://www.passage-of-life.com/

この映画、ごくごく一部を最近上映会で観たのですが、少なくとも相当の意欲作であることは確実。入管に持っていった書類が受け入れられないシーン、あれは私も結構身に覚えがあるんだけど、がっくりくるもんですよ。正直、この日本という国は、不法在留や怪しげな留学生には甘く難民には厳しいんじゃないかと思ってしまう瞬間もある。監督もスタッフもかなり厳しい資金繰りで頑張っているので、皆様、ホームページをご訪問の上、興味がわいたら是非支援してあげてください。

『Passage of Life』支援用口座

銀行名:三井住友銀行
支店名:高円寺支店(店番:089)
種別:普通口座
口座番号:7418706
口座名義人:ニホン.ミャンマーセイサクイインカイ2015
You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply

Subscribe to RSS Feed